松村北斗が“新海誠ワールド”に溶け込むワケ 『秒速5センチメートル』での自然体の演技

『秒速5センチメートル』松村北斗の魅力

実写版ならではの演出と物語構成

 少年少女期→高校生期→大人期と、時系列通りに進む原作と違い、本作は大人期をメインとして、過去のエピソードは回想として挟み込まれる。まず、高校時代の貴樹に片思いする少女、澄田花苗を演じる森七菜がすばらしい。恋する十代の少女特有のふにゃふにゃ感、まだ体にしっかり芯が通っていない感じが、あまりにもリアルだった。高校生の頃、確かにクラスにこんな子がいた。『国宝』(2025年)での腹をくくった梨園の女将とは180度違う役柄を観て、彼女の幅の広さに改めて驚いた。

 少年少女期の貴樹と明里を演じた上田悠斗と白山乃愛も、いいバランスが取れている。これくらいの時期は、女性のほうがやや早熟だ。すでに演技経験豊富な白山の余裕と、初演技の上田のぎこちなさが、ちょうど小学生から中学1年生にかけての男女の雰囲気をよく表している。

 原作、本作ともに、もっとも重要なシーンのひとつである、あの雪の日の桜の木の下での13歳のキスシーン。このシーンを生々しくならないよう、超ロングで撮った奥山監督のセンスがすばらしい。このとき、お互いの手元だけが映し出される。明里の手は、握っていた状態から徐々にほどけていく。力を抜き、相手に心をゆだねていく。一方、貴樹は、拳を強く握りしめる。「この女の子を僕は守らなければならない」という気負いから、必要以上に体に力が入る。でも、13歳の弱く小さな拳では、この大事な存在を、どのように守ればいいのかわからない。

 新海監督の小説版に、そのときの貴樹の気持ちが描写されている。

 明里のそのぬくもりを、その魂を、どこに持っていけばいいのか、どのように扱えばいいのか、それが僕にはわからなかったからだ。大切な明里のすべてがここにあるのに。それなのに、僕はそれをどうすれば良いのかが分からないのだ。
 だからこそ、別れ際の明里の言葉、「貴樹くんは、この先も大丈夫だと思う。ぜったい!」

 という言葉が、貴樹を救っている。燃え殻の私小説を映画化した『ボクたちはみんな大人になれなかった』(2021年)でも描かれているが、好きな女性からの「あなたは大丈夫」という言葉だけをよすがにして、男は生きていける。例えそれが、もう二度と会えない女性からの言葉であっても。そう言えばこの作品も、いい年をした大人が1990年代時の恋を思い出す作品だ。

 アニメ版を観て、「これは鬱映画だ!」と判断してしまった人にこそ、今回の実写版を観てほしい。2007年で止まってしまった時間が、きっと動き出すはずだ。 

■公開情報
『秒速5センチメートル』
全国公開中
出演:松村北斗、高畑充希、森七菜、青木柚、木竜麻生、上田悠斗、白山乃愛、岡部たかし、中田青渚、田村健太郎、戸塚純貴、蓮見翔、又吉直樹、堀内敬子、佐藤緋美、白本彩奈、宮﨑あおい、吉岡秀隆
監督:奥山由之
原作:新海誠劇場アニメーション『秒速5センチメートル』
脚本:鈴木史子
音楽:江﨑文武 
主題歌:米津玄師「1991」
劇中歌:山崎まさよし「One more time, One more chance 〜劇場用実写映画『秒速5センチメートル』Remaster〜」
制作プロダクション:Spoon.
配給:東宝
©2025「秒速5センチメートル」製作委員会
公式サイト:https://5cm-movie.jp
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