『秒速5センチメートル』は実写版でこそ完成する? アニメ・小説版になかった要素を拡張

実写『秒速5センチメートル』原作の拡張描写

 『君の名は。』(2016年)や『すずめの戸締まり』(2022年)など、日本のみならず、海外でも大きく認知されているアニメ映画監督のひとりとなった、新海誠。彼が原作・監督・脚本を手掛けた2007年の『秒速5センチメートル』を『アット・ザ・ベンチ』(2024年)の監督であり、写真家でもある奥山由之が実写映画化。どこかインディーズ映画のような質感と、写真家ならではのパースや奥行を活かした画面の切り取り方の側面からもアート的で独自性を感じられる作品だ。

 アニメ版は短編3作によるオムニバス作品となっており、上映時間は62分であったのに対し、今回の実写版では121分に拡張。それによって、アニメ版では描ききれなかった部分や、モブ的に扱われてしまっていたキャラクターの深堀りなど、長編であることを十二分に活かした構成となっていることからも、改めて実写映画化した意義は強く感じることができた。

 そもそも本作には、視点が若干異なる小説版と漫画版が存在している。とくに小説版は、アニメ版で情報不足だった部分を言及するかたちで拡張された作品であり、さらに視点の切り替えが異なっていた。そして今作は、アニメ版と小説版をリスペクトしながら、さらに拡張させた完成形と言ってもいいだろうし、もともと構想としてあった、総合プロジェクトのようにすら感じるほどに、メディアミックスの一部として欠かせないピースなのだ。

 まず今作をどう観るかという点だが、『秒速5センチメートル』が描いているのは、ラブストーリーではない。すれ違いを繰り返しながら、最終的に運命の糸に導かれて結ばれるといった、2000年~2010年代前半によく見られた、純愛系韓流ドラマ展開をあざ笑うかのような皮肉的な視点も入った作品だ。新海誠の経験も反映されているため、逆にリアルといえるかもしれないが、そこに実写だからこその説得力も加わった。

 SF要素も媒体によっては若干あるものの、それもそこまで主軸ではない。ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのかは観る人によっても受け止め方が違うだろう。では何を描いているのかというと、それは「喪失による切なさ」である。それも実現不可能な漠然とした未来ではなく、少し手を伸ばせば掴めたかもしれない未来。その可能性の喪失だ。つまり人間であれば誰もが経験しているはずのものが描かれている。

 あのとき、ちゃんと「好き」と言っていたら、何か変わったかもしれないし、何も変わらなかったかもしれない。しかし、ひとつの未来の可能性を喪ってしまったのは事実で、自分が何かしら弱っているときにこそ、その喪った未来にすがるようになってしまうのが人間だ。今作のなかでも遠野貴樹(松村北斗)は、現実逃避として過去の思い出にアクセスしている。

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