横浜流星×井上祐貴、“正義”の対峙に鳥肌 “精神の殺陣”は『べらぼう』屈指の名シーンに

だからこそ、蔦重の態度も人によっては「反省の色がない」と見えてしまうのだろう。身上半減の刑罰に対しても「間違えて借金も半分持っていってくんねぇですかね」と、あいも変わらずたばかる。そんな蔦重にていは「べらぼう!」と殴りつけ、今では蔦重を盟友のように接してきた鶴屋(風間俊介)も「本当そういうところですよ!」と声を荒げずにはいられないのも無理はない。

しかし、蔦重は蔦重なりの「正義」を貫き通しているのだ。しんどいとき、苦しいとき、笑えないときにこそ、笑い飛ばしたい。それは、財産が半分持っていかれるようなピンチであっても、だ。自分が笑われ者になることで周りに笑顔が戻るなら、喜んでその逆境をチャンスに変える。その精神こそが、黄表紙が盛り上がるなら名を汚されても構わないと言った意次(渡辺謙)と重なる部分だったのだろう。
対して、笑われ者になど決してなりたくないのが定信だ。そんな異なる「正義」を貫く2人の対峙には思わず鳥肌が立った。どんな社会が真っ当なのか。人はどう生きるのが幸せなのか。相手から視線を逸らすことなく、むしろ瞬きを忘れて見つめ合う。一歩も譲らない2人の緊迫したやりとりは、ていと栗山を凌ぐ“精神の殺陣”だった。

将軍の座も遠くはない、そんな境遇に生まれた定信。そして、誰よりも正しく、厳しく、自分を律して生きてきた。それができるだけの強さが定信にはあった。だからこそ、怠けたい、楽したい、自分を甘やかしたいと思う人々の弱さを真に理解するのが難しいのかもしれない。しかし、その境遇も強さも全て恵まれている側であること。その現実を、定信は見えていない。
一方で、恵まれない状況に生まれ育った弱き人たちを、ずっと蔦重は見てきた。家族のためにと売られてきた女郎たちもそう。貧しさゆえに実の親にも愛されなかった歌麿(染谷将太)も、同じように耳が不自由なにも関わらず1人で生きてきたきよ(藤間爽子)も。飢えと治安の悪化によって命を落とすことになったふく(小野花梨)と坊やも……。
定信のように社会の仕組みを整えていく力はない。だからこそ、せめて社会に漂う空気や気分だけでも明るく笑えるものにしていきたい。面白い話であれば人々も耳を傾ける。そこに本当に助けを求める人がいることに気づいてもらえる。それが蔦重の思いだったのだと気づかされた。そのために、自らがピエロになって人の注目を集め続けていたのではないか、とも。
もちろん、人には「笑うどころではない」というときもある。鬼平が成敗した葵小僧の悪事を筆頭に、悲惨な現実を前にして笑うことはできない。そして、自らの命を差し出す覚悟で蔦重の命を救おうとしていたていも、いざとなったら蔦重を見捨ててでも江戸の出版業界全体を守らなければと覚悟を決めていた鶴屋も、まさに「笑っている場合ではない」状況だった。

だから、蔦重がたばかり続ける姿を見て、軽率で危なっかしいものだと感じたのであれば、それこそ私たちが生きるこの時代も、清く澄みきった社会なのかもしれないと思わされた。笑い飛ばす余裕のない定信のように、「正しくあろう」とするあまり弱さを許せない社会にはなっていないだろうか。この国がより明るく楽しくなるように、逆境の中にも笑いどころを探していく。そんな気概が、今の社会にも失われていないかと問われているような気がした。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK






















