『ばけばけ』は本当に何も起きていない? “矛盾だらけ”なのに魅力的な理由を解説

トキとフミが、親戚で織物工場をしている雨清水傳(堤真一)から貴重なカステラをもらったときにも、その様子をお墓に見立て、墓参りをしているようなやりとりを見ても、通常、縁起の悪い感覚のあるものに対しての、固定観念のなさみたいなものも感じる。もちろん、そのことが「怪談」に繋がっていくのもわかるのだが。

極めつけは、失踪した司之介を川の向こうに見つけたトキがかけつけ、死のうとしているのを止めに入るシーンでのやりとりだ。変化に順応できず、それでも家族と生きるために怪しい儲け話にのっかってしまい、絶望の淵に立った父を必死で引き戻そうとする娘という感動的にしかなりえないシーンも、司之介がトキに言う「働いてくれるな? 明日から」というセリフで、ズコーーーとなった。ドラマを観ているだけでも、むかっ腹が立ってイライラしそうなシーンであるし、トキが気を失って倒れてしまうくらいの出来事であるが、なぜだか「しゃーない」と思わせるものがある。
司之介は死んでしまうことでしか、窮地を切り抜けられないと思うほどの出来事であるし(もしかしたら、司之介のことだから、そんな気はなかったとも考えられるが)、それでも生きていくとしたら、娘にも働いてもらうしか方法はないのだとも後で見返せばわかる。しかしそれ以上に、岡部たかしの持つ何かが、「しゃーない」と思わせるのだということは、誰もが感じたことだろう。
トキのモデルであるセツの史実としても、父親のあり方はかなり酷いものがあったと聞くが、こうした父親を悪者にして、半年間観るのはつらい。コントのような家族を描くことで、どうしようもない人のおかしみも伝わってくるし、そうとしか生きられない、変化についていくことができない人もいるのだということに気付かされる。
それを感じさせるのは、司之介のシーンだけではない。「川の向こう」に連れられ、遊郭で働く遊女のなみ(さとうほなみ)と、トキの友人のさわ(円井わん)の考え方の違いが露わになる場面を観ても、なかなか率直すぎるシーンだと思ったが両者にとっての切実さが伝わるシーンになっていた。

昨今は、不謹慎なことや、不用意なこと、違いを明確にするようなことを言えばすぐに非難されてしまう。しかし、日常を生きていて、それがすべてない世の中になっているのか。思っているのに、ひた隠しているだけで、死体が自分の家族ではなかったときに「よかった」とは思っていないのか、世を恨んだことはないのか、と自分を振り返ってしまった。
とはいえ、この父親がいたことで、トキが「学がない」と思うようになってしまったことも、その後、諦観をして生きているのも事実である。ただ、それでも家族で過ごす毎日が楽しくて愛しくてたまらない、ということも矛盾するが同時に存在することもあるだろう。
何か、不穏なもの、心細い思いを視聴者に感じさせながらも、毎回毎回、コントのような家族のシーンを観ると、その演技に魅了されるとともに心が癒される。矛盾だらけのドラマであるが、矛盾があることのほうが自然なのだ。家族で繰り広げるコントのようなシーンを観ると、やっぱりこれは「何も起きない」ことも書いている物語なのだと思わされるのだ。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK





















