『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』の本質に迫る ウェス・アンダーソンの“作家性”とは

『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』を紐解く

 そして、ティム・バートン監督作やアルフォンソ・キュアロン監督作で活躍してきたブリュノ・デルボネルが新たに撮影監督を務め、1950年代のヨーロッパの富豪の暮らしを想像した美術によって、本作はこれまでのアンダーソン監督作にはない、狂気に近い情景を生み出したのだ。

 だが、このような特異なスタイルが、幅の広さを獲得し深化しているのは事実として、それがいったい何を表現しているかということが問題なのではないか。ウェス・アンダーソン作品においては、表層的な特徴ばかりが語られることが多い。画面設計、色彩設計が個性的かつ優れていることで、観客や批評家は、どうしてもその世界に耽溺し、遊んでしまう。それだけに、描かれているテーマまではなかなか話題が伸びていかないのである。

© 2025 TPS Productions, LLC. All Rights Reserved.

 基本的に本作は、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001年)や『ライフ・アクアティック』(2004年)同様、家族の物語に焦点を当てている。しかし驚かされるのは、本作がほとんど童話に近いくらいにヒューマニズムや家族の幸福感を重視しているところ。思い出すのは、ロアルド・ダール原作の短編『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』(2023年)だ。この近年のアンダーソンの過去作では、ベネディクト・カンバーバッチが演じた資産家の主人公が、神秘主義への傾倒により利他的な生き方に目覚めていく流れが描かれる。

 本作では、そういった寓話性を長編映画のかたちに広げただけでなく、そこにあるメッセージまでをも、さらに力強く描いている。社会を破壊したり、またはそれを傍観する者が自らの特権性を捨てて改心し、貧しさのなかで社会に貢献するというような物語というのは、豪華になってゆく画面やスタイルを、ある意味で作家自身が一部批判するような構図になっているのではないか。それはややもすると、ファン層の一部に、直感的な違和感を生じさせたかもしれない。

 本作に登場する国家「フェニキア」とは、現在のレバノンを中心とし、シリアやパレスチナを含む地中海東岸の、古代の地域を指す言葉である。アンダーソン自身は、亡くなった義父であるレバノン人エンジニアに捧げたと語っており、それは真実なのだろう。その一方で、本作における武器商人の改心と、現地の人々の発展のための事業に資産を使うという内容が、現在のイスラエル軍への武器輸出や虐殺への批判を穏当に暗示しているのだと読み取ることもできる。あくまでウェス・アンダーソンの真意は分からないものの、少なくとも本作の内容からは、ヨーロッパやアメリカなどの、これまでのアラブ諸国に対しての傲慢な姿勢やビジネス上の問題、軍事介入などについて、大きな問題意識を持っていることは確実だといえよう。

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 アンダーソン監督作品は、統制された画面とともに、常にとぼけたユーモアが流れてもいる。だからこそ、そこで描かれる社会批判めいたものが、本気で描かれているのか判別しにくいところがあるといえる。むしろ、そういったお気楽さこそを愛している観客も少なくないかもしれない。しかし、その裏には、反目する家族の関係や死別など、シリアスな問題が常に見え隠れしてきた。本作は、そんな家族の物語を、世界規模の社会問題とともに解決しようとするのである。

 そんなアンダーソン監督の社会の公平性への関心は、ある人が見れば類型的とも、平凡な世界観だとも捉えられかねないかもしれない。しかし、いまそれを描くことが必要だと考えたウェス・アンダーソン監督の感情や思想を尊重したい。温かな世界の希求を、これまでにない切迫感で表現した本作は、紛れもなく“個人的”で“作家的”な作品であるといえる。

 そういった価値を保持した内容は、箱庭的な世界の表現として、時代のなかで美的な感性が消費されるというだけでなく、世界に貢献する歯車としても機能し得るものだということを、際立たせたのではないだろうか。そういう意味で、本作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は、ウェス・アンダーソンのこれまでの作家性を読む指針としても役立ちそうだ。

参考
https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-features/wes-anderson-interview-the-phoenicians-scheme-1236209089/

■公開情報
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』
TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほかにて公開中
出演:ベニチオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、リズ・アーメッド、トム・ハンクス、ブライアン・クランストン、マチュー・アマルリック、リチャード・アイオアディ、ジェフリー・ライト、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチ、ルパート・フレンド、ホープ・デイビス
監督、脚本:ウェス・アンダーソン
原案:ウェス・アンダーソン、ロマン・コッポラ
製作:ウェス・アンダーソン、スティーブン・レイルズ、ジェレミー・ドーソン、ジョン・ピート
製作総指揮:ヘニング・モルフェンター
配給:パルコ ユニバーサル映画
2025年/アメリカ・ドイツ/カラー/シネスコ/5.1ch/102分/英語
Courtesy of TPS Productions / Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
公式サイト:zsazsacorda-film.jp
公式X(旧Twitter):@phoenicianjp

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