『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』の本質に迫る ウェス・アンダーソンの“作家性”とは

『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』を紐解く

 精緻に画面に配置される美術、ポップかつ淡い色使い、シンメトリーな構図など、個性的な美意識がみなぎるヴィジュアル面が大きく評価され、多くのファンを生んできた、映画監督ウェス・アンダーソン。その新たな一作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は、従来のアンダーソン監督の特徴をなぞりながらも、一方で、その心地よさを崩そうともする映画だ。

 ここでは、そんな複雑な内容と、パブリックイメージへの一つのアンサーともいえる本作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』が、どのような作品であるかということを、できる限り本質に迫りながら考えていきたい。

※本記事には、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』のストーリー展開についての記述があります

 主人公は、ベニチオ・デル・トロが演じる、武器取り引きで悪名高い実業家アナトール・ザ・ザ・コルダという人物。彼の暗躍によって世界情勢までもが左右されるというだけあって、何者かから命を狙われることもしばしば。本作の舞台となる1950年代、冒頭のシークエンスで描写されるように、彼は飛行中のプライベートジェットが爆破されることになるが、たくましくもトウモロコシ畑に不時着し、この6度目の暗殺未遂事件を生き延びる。

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 肉体的に衝撃を受け、死の世界を垣間見るという神秘体験をしながら、ふてぶてしく広いバスルームでくつろぐオープニングクレジットでは、危機や奇跡的な生還は日常茶飯事だとばかりに軽んじる精神的な強さが見てとれる。自分への暴力に屈しないところは、ある意味で気骨ある悪人だというべきか。早くも、ロマン・コッポラとともに作り上げたストーリーを、アンダーソン監督が当て書きしたベニチオ・デル・トロの豪快な魅力がここに発揮されているのだ。

 しかし強気なザ・ザでも、さすがに今回は自分の死後のことを考えるきっかけにはなったらしい。いまは修道女となっている一人娘リーズル(ミア・スレアプレトン)を跡取りにしようと私邸に呼びつけるのである。だが神に従う道を歩んでいたリーズルは、武器商人である父親に強い反発心を抱いている。それだけでなく、ザ・ザには、妻、すなわちリーズルの母親が死んだ原因だという噂も流れていた。

 一方、コントロール不能のザ・ザの商売については、各国の要人も問題視していた。そこで彼らは新たに、フェニキア(映画内の架空国家)でザ・ザの進める大規模なインフラ事業「フェニキア計画」に目をつける。これが成功すれば莫大な利益が見込めると、私財の大部分をこれに投資しているのだ。これに対して各国は秘密裡に、建設に必要となる「打ちつけ型リベット」なる部品を意図的に高騰させることによって、彼を破産へと追い込もうとするのである。

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 その陰謀に気づいたザ・ザは、リーズルと家庭教師のビョルン(マイケル・セラ)を連れて、プライベートジェットでさまざまな地域を巡り、キーパーソンを動かしていくことで事態の打開をはかる。リズ・アーメッド、トム・ハンクス、ブライアン・クランストン、マチュー・アマルリック、ジェフリー・ライト、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチなどなど、多くの有名俳優がそれらの人物を演じるために集結しているところが、ウェス・アンダーソンの映画らしい。

 ウェス・アンダーソン監督の撮影現場では、昼ごとにテーブルを並べ、スタッフやキャストともどもピクニックのようなランチを楽しむのだという。そして夜にも必ずディナーの集まりが催される。出ずっぱりのベニチオ・デル・トロはセリフを覚えるため、さすがにディナーに顔を出すことを辞退するようになったという。

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 そして劇中に登場する、リーズルのリュックやロザリオは、プラダやカルティエが新たに制作し、壁にかけられたルノワールやマグリットの絵画については、本物を美術館から借り受けたのだという。このことは、いかにアンダーソン作品がいかにファッション、アートの業界で認められているかを物語る。

 このような“本物志向”、そして現場の集まりを楽しむ姿勢は、かつてハリウッドでエリッヒ・フォン・シュトロハイム監督が本物志向やパーティーで予算を蕩尽していたという映画史の1ページを想起させる。もちろんそこまでの豪遊や豪華さではないにしろ、ウェス・アンダーソン作品は、現代の通常の映画づくりの物差しでは、はかれないところがあるといえよう。

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