『あんぱん』登美子、羽多子、千代子らが担った役割 アンパンマンは“親の愛”の結晶に

『あんぱん』親たちが担った役割

 母親はどうだろうか。ヒロインの母・羽多子は愛情を体現したキャラクターだ。娘たちに結太郎との思い出を語るときの羽多子は、幸せそうな表情をしているが、その分、夫を失った悲しみも深い。第42話で、亡夫への思いを語り合う千代子との献杯は涙なしに観られないシーンだ。羽多子は、結太郎なきあと、屋村(阿部サダヲ)からパン作りを教わり、朝田家の生計を支えた点が重要である。このあと触れるように、生命の連続性が『あんぱん』の根底にあると考えると、今作のトーンを支えているのが羽多子といっても過言ではない。

 千代子は登美子とセットで考えるとわかりやすい。登美子が嵩や千尋に与えなかった家庭のぬくもりや肉親の情を与えたのが千代子だったからだ。千代子の存在は、登美子の性格を際立たせるが、もし千代子がいなかったら、あるいは愛情深い性格ではなかったら、嵩と千尋は親がいないがゆえの苦労にさらされて、批判の矢が登美子に向いた可能性も否めない。

 今作においてもっとも複雑な人物造形を持つのが、松嶋菜々子演じる登美子である。登美子は多面的なキャラクターで、観る人によってプリズムのように違う印象を抱かせる。子を捨てた酷薄な登美子は、息子の進路に口を挟み、嵩の成功を自慢して嵩を困惑させる。まるで母親の権利を主張するかのようだ。良いところもある。清の没後、身一つで生きてきた登美子は、金に困って息子にたかることはせず、経済的に自立していた。出征する嵩に「死んだらダメよ」と呼びかけた勇気ある行動も記憶に残る。

 嵩が登美子を避けながらも決定的に嫌いになれなかったのは、愛情不足で育った幼少時の影響もあるだろう。一方で、嵩がのぶというソウルメイトと結ばれる上で、登美子からの親離れが反作用としてはたらいたと考えることもできる。「たっすいが」で頼りなかった嵩が、清の言う「みんなが喜べるもの」として『アンパンマン』を生み出した原動力には、難儀な実母との共生を願う心情も寄与していたはずだ。

 それを端的に示しているのが『やさしいライオン』のエピソードだ。犬のムクムクに育てられたライオンのブルブルの物語は、血のつながらない親子の悲劇である。嵩は、登美子を傷つけてしまわないか悩んだあげく、ファンタジーで救われる結末に変えた。アニメ映画を観た登美子は涙を流す。もし登美子が子どもを捨てた後悔を心の奥で抱いていたとして、その苦しみが制御不能な形で噴出したのがこれまでの言動だったとすると、登美子の胸に去来したのは、母として居場所を与えられたことの感慨だったかもしれない。

 「逆転しない正義」を模索した嵩とのぶは、最後に、敵味方関係なくパンを分けあたえるヒーローにたどり着いた。何が正義かというコンセプトは時代によって変わるが、人命の尊さは揺るがない。生命の尊厳は、生活そして一人ひとりの人生をいつくしむ視点として、作中で一貫していた。3人の母、羽多子、千代子、登美子はそれぞれ命を守りながら、反目さえも一つの結びつきの形として、生き続けることを体現していた。劇中の『アンパンマン』は、親たちが育んだ愛の結晶と言えるだろう。

参照
https://realsound.jp/movie/2025/04/post-1998795.html

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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