『cocoon』はなぜ画期的なのか “戦争アニメ”の系譜と“セカイ系”表現の視点から紐解く

『cocoon』が切り拓いた戦争アニメの新系譜

21世紀のアニメーション表現との通底ぶり――「私たち」の物語とメタ表現

 しかも、戦争アニメのジャンルからはやや離れるが、現代のアニメ論の文脈からも注目すべきは、『cocoon』がサンとマユという――名前からしても――鏡像的で対照的な2人の少女をヒロインとする物語でもあることだ。これもジブリの『思い出のマーニー』(2014年)をはじめ、昨年、高い評価を受けた押山清高監督『ルックバック』(2024年)まで、同様に双子のような1組の少女たちをヒロインとした物語が21世紀のアニメで注目を集めている。本作の印象的で実験的な音楽を手掛けた牛尾憲輔がやはり音楽(劇伴)を担当していることでもすぐに思いつくだろう、山田尚子監督の『リズと青い鳥』(2018年)もそうだろう。その意味で、『cocoon』はアニメ作品それ自体としても、21世紀の現代アニメの典型的なパラダイムを踏襲している。

『cocoon~ある夏の少女たちより~』©All rights reserved.

 この互いによく似た(入れ替え可能に見える)ダブルヒロインのイメージは、かつて土居伸彰が21世紀のアニメーションの特徴として名づけた「私たち」というキーワードをそのまま反映しているということは、私自身、ここ数年の著作や原稿でたびたび話題にしてきた(例えば、昨年リアルサウンド映画部に寄稿した『ルックバック』のレビュー『ルックバック』が宿すアニメーションの21世紀性 令和の『まんが道』が示すものとはを参照されたい)。『cocoon』もサンとマユという、紛れもなく「私たち」の物語の一つである。

 また、先ほども触れた『cocoon』の暗示的な表現スタイルとも関連する問題だが、今回のアニメの『cocoon』では爆撃などで人体が破壊されるシーンでは、リアルな血飛沫は描かれず、キャラクターの身体からカラフルな色の花びらが現れて飛び散るような独特の表現が試みられている。ちなみに、この表現は今日マチ子の原作にはない、アニメだけのものだ。

 言うまでもなくこの演出は、『この世界の片隅に』で、空襲の爆撃の煙が赤や青などのカラフルな色の付けられたものになっているシーンを容易に想起させる。もちろん、この色付き爆弾は実は史実に基づいているのだが、興味深いのは、監督の片渕が、このシーンに、絵を描くのが好きなヒロインが水彩絵の具のついた絵筆で紙にさまざまな色の絵の具を点綴していく手先のアップをモンタージュすることで、いわばメタアニメ的な表現に昇華していることだ。「私たち」的なダブルヒロインと並んで、こうしたアニメ=「絵を描くこと」に作中で自己言及してみせる作品も、『映像研には手を出すな!』(2020年)から『ルックバック』まで、現代アニメの一つの特徴と呼べる。作中でデカルコマニーが重要な要素を果たす『リズと青い鳥』もここに含まれるだろう。それらを踏まえると、『cocoon』のこの実験的な演出も、以上のような一連のメタ表現に通底している。

 思えば、そもそも高畑の『火垂るの墓』にも、幽霊になった主人公の清太と節子が、生前の自分たちを客観的に見ているというメタ的な表現が凝らされていた。この感覚は、現代の戦争アニメの一つに通奏低音になっているのかもしれない。

セカイ系アニメとしての『cocoon』

 そして最後に、戦争アニメとしての『cocoon』を観る時の一つの重要な補助線として触れておかなければならないのは、「セカイ系」というキーワードである。セカイ系については、最近も『もめんたりー・リリィ』(2025年)についてのコラム(※『もめんたりー・リリィ』は古くて新しいアニメだ 戦闘美少女とセカイ系の伝統と更新)でも触れたし、ちょうど9月18日に発売される私の新著『セカイ系入門』(星海社新書)でも詳しく解説している。

 簡単にいうと、セカイ系とは2000年代前半にマンガ、アニメ、ライトノベルなど一部のオタクカルチャーで流行した物語類型の一種であり、一般的には「男性主人公とヒロインの小さな日常(きみとぼく)と『世界の危機』『この世の終わり』のような非日常的な問題が中間項の設定や説明を省いたまま直結している構造を持つ作品」を指す。ここで重要なのは、セカイ系では物語の世界(背景)がどうなっているのかという説明が描かれないという点だ。そう考えると、『cocoon』も紛れもなく現代のセカイ系の特徴を明確に備えた作品だと言える。物語はサンとマユたちのいる日常のレイヤーと文字通り世界の彼方から突如到来し、非日常的な死をもたらす戦闘機に象徴される「戦争」のレイヤーに極端に分裂している。そして、兵士の姿もまったく登場しないわけではないものの、それらはやはり極端に匿名化・抽象化されて表象され、オブジェのようなイメージに還元されている。これはきわめてセカイ系的なリアリティだ。当初のほのぼの、和気藹々とした日常空間に突如裂け目が入るかのように、瞬く間に陰惨な死のイメージが侵入してくる感覚も、高橋しん『最終兵器彼女』(2000年-2001年)などのセカイ系の代表作と近しいものがある。

 ただ、2000年代のセカイ系作品が「きみとぼく」と呼ばれたように、少年少女のきわめて自閉的な恋愛関係を主題としていたのに比較して、『cocoon』は繰り返すように同性(女性)同士のシスマンス的な絆という違いはある(とはいえ、サンとマユのジェンダー関係については留保がつくが)。しかし、これも『セカイ系入門』で指摘したように、2010年代以降の近年のセカイ系的な作品では、むしろ同性同士のホモソーシャルなカップリングが描かれることが多くなっているのだ。例えば、最近でもジャーナリストの飯田一史は、次のように記している。

 むしろ2010年代以降で「世界の終わり」を描いた作品群としてはゾンビものを中心としたポストアポカリプス、たとえば海法紀光、千葉サドル『がっこうぐらし!』やつくみず『少女終末旅行』などを置いた方がしっくりくる。[…]客観的には絶望的だが、主観的には悲観の色は薄い。生き抜くためのよすがとしてシスターフッドないしフッド(地元、仲間)の存在があるからだ。

 これと似たものを感じさせるのが2017年から毎年ABEMAで配信されているオーディション番組『ラップスタア』である。同番組に参加する多くのラッパーが「フッド、クルーを大事にする」ことと「世界に行きたいっスね」という夢を語る。そこに映し出される日本の地方都市はシャッター街と色あせた団地、荒廃と停滞に包まれており、現実は「とっくに終わっている」。しかしセカイ系の孤独とは対照的に、ともに戦う仲間、地元とのつながりがある。[…]だがそこで語られる「世界」が何を指すかは地理的・規模的に曖昧であり、その漠然とした解像度の低さはセカイ系における「世界」表象と共通する。(「セカイ系の時代精神」、『日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか』所収、斜体は引用者による)

 こうした傾向は、浅野いにおのマンガ『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(2014年-2022年)や、先のGoHands原案・制作のテレビアニメ『もめんたりー・リリィ』などにも共通する要素である。そして、『cocoon』の描く少女たちのコミュニティにも見事に当てはまっているだろう。そのセカイ系的な自閉性を巧みに隠喩化しているのが、本作の「繭cocoon」なのだ。そして、その繭は「アメリカ」という糸にくるまれて過ごしてきたこの80年間の戦後日本の自画像そのものにもなっている。

「戦時下」のアニメとしての『cocoon』

 しかも重要なのは、2000年代に流行したセカイ系とは、そもそも明確に「戦時下」の想像力だったことである。

 これも『セカイ系入門』で論じているが、セカイ系が流行していた2000年代前半は、2001年9月のアメリカ同時多発テロ事件(9.11)から2003年3月のイラク戦争開戦、そして翌2004年1月の自衛隊のイラク派遣開始まで、日本が世界規模の戦争に巻き込まれていく時期だった。『最終兵器彼女』、新海誠監督『ほしのこえ』、秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』(2001年-2003年)といったセカイ系の代表作はすべて戦争が舞台となっているし、西島大介『凹村戦争』(2004年)、岡田利規『三月の5日間』(2004年)、三崎亜記『となり町戦争』(2004年)といった当時、セカイ系との関連で語られた作品群も、明らかに当時のイラク戦争下の現実が意識されている。また、同時期に作られ、これも濃厚にセカイ系的な世界観を持つ宮﨑駿監督『ハウルの動く城』(2004年)も、イラク戦争を意識して、もともとの原作小説にはほとんどない戦争の設定を追加したことが知られている。

 それでいうと、『cocoon』が如実にセカイ系的な設定を感じさせるのは、それがかつてのアジア・太平洋戦争をモティーフにしているからというだけでなく、何よりも2022年2月に開戦し、現在もなお進行中であるウクライナ戦争や、イスラエル戦争中の2023年10月に始まったガザ侵攻など、2025年の現在がまたも「戦時下」の日常にあることと結びついているだろう。

 その意味で、『cocoon』は戦後80年の節目に「先の大戦」について振り返るとともに、いま・ここの「戦時下」について考えさせる戦争アニメにもなっている。なおかつ、過去の戦争アニメの系譜や21世紀の現代アニメのパラダイムとも連なっているところに、本作の貴重な意義があるのだ。

■配信情報
『cocoon 〜ある夏の少女たちより〜』
NHKプラスにて配信中
声の出演:満島ひかり(マユ)、伊藤万理華(サン)
原作:今日マチ子『cocoon』(秋田書店)
監督:伊奈透光
音楽:牛尾憲輔
アニメーションプロデューサー:舘野仁美
©今日マチ子(秋田書店)NHK/NEP

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