『未知のソウル』に世界中の誰もが“共鳴”する 韓国ドラマの“王道”を更新した現代劇に

『未知のソウル』に世界中の誰もが“共鳴”

 『未知のソウル』は、こうして長らく韓国ドラマファンに親しまれてきた“取替えっこ”の物語装置を使いつつ、取り替えたことで巻き起こるドタバタ劇にとどまらない。病弱で両親の愛情を一身に受けるミレにコンプレックスを抱いたミジは、運動神経を生かし陸上に専念する。ところがあと一歩というところで怪我をし、夢が断たれてしまう。進路を失い、周りから心ない言葉を耳にしたミジは引きこもってしまう。

 エピソード4では、母親から「一生そうやって暮らすつもりなの? 走れなくなったからって人生が終わりなの?」と責められる。その後、大好きな祖母が倒れ、恐怖に駆られながら必死で近所に助けを求めに行くシークエンスは、涙なしでは見られない。日本では現代用語として定着しきった引きこもりという存在を、ここまで正面から描いた韓国ドラマも珍しいのではないだろうか。

 そしてミレもまた、ソウルでの自分の息苦しさを知る由もないミジに対し苛立ちを感じている。こうして完璧だと思えていた相手と人生を取り替えたことで、二人が抱える悲痛な思いを知る。幼い頃の事故でハンディキャップを持ちながらも弁護士資格を取得したホスが、採用面接で「最も嫌いな人間は?」という質問に対し「自分です」と答えるセリフが象徴するように、自責感で心がいっぱいになっているミジもミレも、ホスにとって自分を一番貶めているのは自分自身なのだった。社会が認めた勝者だけが正解で、他には“負け組”“落ちこぼれ”の烙印を押す。社会のそんな空気はますます自責感を強くさせ、最後の引き金を弾かせてしまうのだ(序盤でミレが自殺をしてしまうとミジが誤解するシーンは、そうした社会背景をほのめかしているように思う)。

「今日はもう終わり、明日は遠く、今日はまだ分からない」

 ミジが毎朝唱えるセリフには、分からなさや不確かさに自分のあらゆる可能性を見出し自身を奮い立たせる力があるとともに、職業や富、地位だけで成功と失敗をジャッジする価値観へのささやかな異議申し立てだ。本作の英題「Our Unwritten Seoul」は、原題や邦題と似た意味の「未完成のソウル」だ。ここで「unwritten」に注目して読み変えてみると、「書かれなかった私たちのソウル」となる。『未知のソウル』は、多くの人が目にも留めず、書かれて記憶されることのなかった大都会の周縁と、そこで未だ知らぬ自分自身の未来を信じて懸命に生きる人たちーーきっとどの世界にもいるであろう、彼らや彼女たちを、誰も取りこぼすことなく、その生きづらさに共鳴してくれるドラマなのである。

参照
※1. https://japan.hani.co.kr/arti/economy/29140.html
※2.『搾取都市、ソウル ――韓国最底辺住宅街の人びと』(イ・ヘミ著、伊東順子訳/筑摩書房)
※3. https://www.asahi.com/sp/articles/AST2P05JFT2PUSPT00BM.html

■配信情報
『未知のソウル』
Netflixにて配信中
出演:パク・ボヨン、パク・ジニョン、リュ・ギョンス
演出:パク・シヌ
脚本:イ・ガン
(写真はtvN公式サイトより)

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