“芸能界の闇”も忖度なしで表現 個人制作アニメ『無名の人生』は初期衝動に溢れている

個人制作アニメ『無名の人生』は初期衝動の塊

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替わりでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、好きなアニメは『競女!!!!!!!!』『東のエデン』『月がきれい』『ARIA』『フタコイ オルタナティブ』『天元突破グレンラガン』の小野瀬が、個人制作の長編アニメーション映画『無名の人生』をご紹介します。

『無名の人生』

 「アニメ」といえば、どんな作品が思い浮かぶだろうか? 例えば、ディズニーやジブリのような長編大作、少年誌原作の王道バトルアクションもの、かわいいヒロインがたくさん登場するハーレムラブコメ、もはや定番となった異世界転生もの……この原稿を執筆している今この瞬間も、数多くのクリエイターが多種多様な作品が生み出そうとしているだろう。
 
 本作は、かつての新海誠監督のように、個人で制作された長編アニメーションだ。監督・原案・作画監督・美術監督・撮影監督・色彩設計・キャラクターデザイン・音楽・編集を手掛けたのは鈴木竜也。作品公式サイトによると、「1994年12月3日生まれ。宮城県・仙台市出身。東北芸術工科大学映像学科を卒業後、実写監督を志すも流れ流れて歌舞伎町のオイスターバーの雇われ店長に。コロナ禍を機に独学で作り始めた短編アニメが、国内の自主映画祭で数多の受賞。2022年には『鈴木竜也短篇集三人の男』が劇場公開。令和5年度宮城県芸術選奨メディア芸術部門新人賞受賞」という人物だという(※)。

 そんな鈴木監督が、クラウドファンディングで制作費を集め、仙台の実家にこもり、1年半をかけて全て1人で描き上げた長編デビュー作である。恥ずかしながら、監督は今作で知ったのだが、プロデューサーを務めたのがこれまた個人制作の傑作『音楽』(2020年)の岩井澤健治監督だというのだから、個人的に大注目であった。

 内容はというと、冒頭での主人公のセリフーー。

「人は生まれて死ぬまでに幾つかの名前を持つ。これは俺の人生の物語だ」

 この一言に集約されている。

映画『無名の人生』予告編

 主人公は「不祥事で芸能界を干された国民的男性アイドルグループの元メンバーの息子」にして、「父のスキャンダルが元で両親は離婚」し、「母とその再婚相手とともに暮らしていた」ところ、「久しぶりに再会した母と父が交通事故に巻き込まれて母は死亡、父は植物人間状態」になってしまい、「血の繋がりのない母親の再婚相手」とともに仙台の団地で暮らす「いじめられっ子」にして、「感情表現が乏しくすぐ他人に手を上げる凶暴性を秘めている」という壮絶な境遇の少年。父と母の出会いからここまでの説明を、ほぼセリフ無しの冒頭6分の映像で表現しているのが、圧巻だ。

 とあるひとりの人生を追う……なんてありがちなテーマだが、独学で個人制作の本作はありがちに収まらない。ユニークなアニメーション表現で、物語は予期せぬ方向へ展開していく。

 また、主人公の人生の歩みとともに、芸能界の闇、刹那的な生き方をするトー横界隈や歌舞伎町の住人など様々な社会問題も描かれていく。鈴木監督は「僕は絵が特別うまいわけでもないし、アニメの技術にもあまり自信はありません」と語っているが、確かに本作より絵が上手なアニメはこの世界に沢山ある。しかし、この“荒さ”が、主人公の「普段は無口だが、何をするかわからない」という性格や、作中で起こる凄惨な出来事などにより“怖さ”を与えている。これは単純な上手い下手という話ではなく、“味”だと自分は思う。「これぞ個人制作!」という醍醐味だ。

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