足立正生が描ききった“逃走=闘争”のあまりに長く苛酷な道 『逃走』は現代人の心に響く

そして、中年から晩年に至るまでの桐島を演じるのが、古舘寛治である。日本では稀少なメソッド・アクターとして、役柄に没入する演技スタイルを貫く彼が全身全霊をかけて演じる“人間・桐島聡”は、圧巻のひとことだ。革命を夢見ながら潜伏生活のなかで何もできない歯がゆさ、悔しさを痛々しいまでに力演しながら、周囲の人を惹きつけずにおかない彼のユーモラスな魅力も体現してみせる。

劇中、桐島は自らの脳内で自問自答を繰り返し、妄想のなかで思いがけない再会を重ねていく。これらのシーンは、現実と非現実のボーダーにとらわれない自由なイマジネーションが横溢する“越境人”足立監督の真骨頂だ。特に、桐島が禅寺での修行中、僧衣姿の自分の分身と禅問答を繰り広げるシーンは、本作の山場のひとつ。ダブル古舘寛治の見事な掛け合いはぜひ劇場の大画面で堪能してほしい。
なお、撮影を担当したのは、足立監督とは学生時代からの付き合い(ということは、60年以上の仲!)である山崎裕。数々のドキュメンタリー作品や、是枝裕和監督とのコンビでも知られる彼が、『断食芸人』(2015年)に続いて取り組んだ“盟友との仕事”としても見どころは多い。桐島を見下ろす富士山の威容を不気味に捉えたショットは、若松孝二監督へのオマージュにも見える。
本作は実在の人物を描いた実録ドラマであると同時に、足立正生という稀代のアーティストから見た“桐島聡像”を映し出す作家映画でもある。これほど題材と作家性が清々しく迷いなく一致した日本映画を観るのは久しぶりかもしれない。そして、現代の観客にとっては間違いなく“希望”を感じさせる映画でもあるだろう。

どんな理由であれ、何かから逃げたいと思っている人、それでも逃げられない重圧や罪悪感の枷にがんじがらめになっている人、逃げ出すことの後ろめたさに耐えられない人が、いまの日本にどれだけ多くいることか。桐島聡が背負った罪はあまりに重く、自らに課した“逃走=闘争”の道はあまりに長く苛酷なものだった。が、「やってやれないことはない!」と彼は一生をかけて証明した。実践するかどうかはともかく、この映画は「そういう生き方もある」という事例を、わずか2時間ほどの疑似体験を通して教えてくれる貴重な一作である。
■公開情報
『逃走』
ユーロスペースほか 公開
出演:古舘寛治、杉田雷麟、タモト清嵐、吉岡睦雄、松浦祐也、川瀬陽太、足立智充、遊屋慎太郎、小橋川建、神嶋里花、永瀬未留、さいとうなり、伊島空、東龍之介、神田青、瓜生和成、宮部純子、大川裕明、小水たいが、浦山佳樹、枝元萌、木村知貴、内田周作、佐藤五郎、岩瀬亮、輝有子、信太昌之、大谷亮介、中村映里子
監督・脚本:足立正生
エグゼクティブプロデューサー:平野悠
統括プロデューサー:小林三四郎
プロデューサー:藤原恵美子
アソシエイトプロデュ―サー:加藤梅造
撮影:山崎裕
音楽:大友良英
挿入曲:「DANCING 古事記」(山下洋輔トリオ)
企画:足立組
企画協力:寺脇研
キャスティング:新井康太
製作:LOFTCINEMA、太秦、足立組
配給:太秦
2025年/日本/DCP/5.1ch/114分/英題:Escape
©「逃走」制作プロジェクト 2025
公式サイト:kirishima-tousou.com






















