山田太一の言葉はいまを生きる若者も救う “本当”が凝縮された『早春スケッチブック』

現代の若者にも刺さる『早春スケッチブック』

 山田太一が亡くなってから約1年。その間にあらゆる雑誌で追悼特集が組まれた。それだけこの脚本家の存在を後世に伝えていかなければと感じている人が多いということなのだろう。1994年生まれの筆者のような世代は山田作品に出会う機会すら減っているのでなおさらかもしれない。

 そうしたなかで日本映画専門チャンネルでも特集『没後1年を偲んで 名優が紡ぐ山田太一の言葉』が展開された。3月14日には特別番組『魂に一ワットの光を~2025年・山田太一を語り継ぐ~』も放送される。

 この番組では、大根仁、清田麻衣子、古沢良太、西川美和、水橋文美江、山﨑努といった第一線で活躍する著名人たちによって、山田太一の魅力が熱を込めてじっくりと語られていく。印象的なのは、「人間が突かれたくないところを細い針で突かれていく感じ」(西川美和)、「非常にあまのじゃく」(古沢良太)、「ちょっとはみ出た人間を容赦なく描いてる」(水橋文美江)などとどちらかといえば意地の悪い面を説明していたことで、筆者もまたそうしたところに惹かれている一人なので深く頷けた。市井の人々の日常から時代を鋭く切り取るその作風には、“優しさ”とは一言では言い難いものがある。

 立場の弱い人間に必ずしも温かな眼差しを向けるわけではなく、時には彼らの隠しておきたい弱点を絶妙な角度から突く。“本当”を描くことに徹底している。だから簡単に肯定してくれないし、共感させてくれないし、厳しいことを求めてくることさえある。こうであってほしいという展開はなかなか訪れない。

 もし山田太一の新作連続ドラマが2025年に放送されたとしたら、セリフの数々はSNSで切り取られて褒め称されるに違いないが、おそらく翌週になればそのセリフの矛盾をつく展開が用意され、私たちを困惑させることだろう。山田太一にはそういう意地悪なところがあって、観ているこちらは何度も肩透かしを食らう。

 特攻隊の生き残りである男と戦後生まれの若者たちの衝突と和解を描いた『男たちの旅路』(NHK総合)について、古沢良太が「軟弱な若者を教育するドラマに陥りがちなのに絶対そうしないで。どっちも正しいし、どっちも間違っていると思える。(…)かっこよく教育するようなクライマックスを作って、若い人がシャキッとしましたみたいな話にしとけばみんな丸く収まるし、視聴者的にも満足すると思うけど絶対そうしない」と語るように、反骨精神のようなものがある。筆者がそこに特別な心地よさを感じるのは、自身もまたはたから何かと好き勝手に論じられがちな若者の一人だったというのもあるかもしれない。一筋縄ではいかない物語には、他者を容易に批評したがる世間への山田太一なりの抵抗がある気がした。そしてそれは、自分を語る言葉すらまだ持てず見当違いな批判や同情をされても否定さえうまくできなかった人間として、とても心強いものがあった。

 一方で、西川美和は山田作品について「中毒性がある」とも話す。

 確かにそう言いたくなる刺激がある。平穏に見える日常にブスッと劇薬を入れてみたらどうなるかーーそんな実験をドラマの中で繰り返して、人間が抱える暗闇を浮かび上がらせるのだ。その“日常”というのが身に覚えがあるものだからこそ、それが少しずつ狂っていく様子につい目が離せなくなる。

 例えば『早春スケッチブック』(フジテレビ系)の山﨑努演じる沢田竜彦というキャラクター。特番の中でも「お前らは、骨の髄まで、ありきたりだ」という名シーンが流れるが、沢田という男はそうやってもっともらしいことを言い放ち、相手の深いところにある孤独を見抜いて、強く揺さぶり、振り回す。小市民的な生活を批判する沢田の言葉にはなぜか妙に説得力があり、受け手はなんだか普通であることが退屈で不自由で間違ったものに思えてきてしまう。そうしてある家族の平穏はガタガタと壊れ始めるのだが、崩壊寸前のところで沢田という劇薬はすっと抜かれ、家族は再びありきたりな日常に戻ることになる。ザワっとした余韻を残して生活は続く。

 沢田の魅力がわからない人もいるだろう。必ずしもカッコいいばかりの人間ではない。普通あんな男に振り回されるものだろうかと疑いたくなるかもしれない。でもそれこそがリアルでスリリングなのだ。実際周りを見てみても、「なぜあの人が?」という知人が何かに振り回されていたり騙されたりしている。その理由ははたから見れば大抵わからない。山田太一が打つ薬というのは、効く人と効かない人をはっきりとわけている。本作においても家族の父親だけは、沢田の言葉にいまいちピンときていなかった。そこにこの劇薬の得体の知れない恐ろしさがあるのだ。筆者もまた沢田に心酔しきれなかった一人だが、ただもし今の生活に窒息しそうな息苦しさを感じていたとしたら、彼の言葉に身体中が痺れるような衝撃を受けていたかもしれないとも思う。

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