『野生の島のロズ』は単純な感動作ではない 多面的なテーマやメッセージを読み解く

本作のクリス・サンダース監督が過去に手がけた『ヒックとドラゴン』(2010年)同様、ここで描かれているのは、異なる特徴を持っている者が、新たな視点でものごとをとらえられたり、ユニークなアイデアを提供することができる場合があるという事実だ。こういった多様性をコミュニティが受け入れることができれば、その集団はより豊かさと強さを獲得することができるのだ。それは、「人種のるつぼ」と呼ばれてきたアメリカが、多様なアイデンティティと文化を受け入れる「文化多元主義」を一因に、目覚ましい発展を遂げた事実にも繋がっている。
このように、多様性を受け入れる重要性を強調したテーマは、さらに生物やAIの進化にも接続される。島の動物たちは、凄まじい寒波に襲われて生命の危機に瀕するが、ロズは食物連鎖の枠組みの外で、動物たちに「一時休戦」をして共同生活を送ることで、大きな共通の危機を乗り越えさせようとする。
ロズが、もともと設定されているプログラムに頼らず、新たな環境に適応しながら子育てをおこなったように、動物たちにも“種としてのプログラム”を、全体が生き残るために変更してもらいたいというのだ。人間社会のコミュニティにおいても異なる人々や考えを排除しようとする素朴な排他性が発揮される場合があるが、それが集団の維持に効果的な面がある一方で、長い目で見た場合に自分たちの状況を悪化させてしまうこともある。
変える部分がなければ、全体が生き残ることができないケースといえば、例えば地球温暖化問題が思い浮かぶ。人間や多くの生物が住む環境が厳しいものになっていくなかで、ときには反目し合う多数の国々が協力し合って効果的な行動を起こさなければ、全体が生き残ることは困難となる。ディズニー映画『ラーヤと龍の王国』(2021年)も同じテーマを扱っていたように、本作もまた複数の種の協力を描くことで、人類の新たな環境への適応を暗示している。それはある意味、“人類の進化”と呼べるものなのではないか。
また、本作が“母親”についての物語であることについて、クリス・サンダース監督は、海外のインタビューにおいて、このように語っている。「私がディズニー映画『アラジン』(1992年)に原案として参加していた当初、物語には母親が登場していました。しかし母親の存在は、すぐに削除されることになりました。息子が市場で物を盗んで家に帰ってきたら、大変なことになるでしょう。母親が家にいて怯えていたとしたら、アラジンの物語を楽しめるはずがないという考えです」(※)
しかし、本作『野生の島のロズ』では、まさにこの“母親”の物語を描いている。キラリが外の世界で冒険し、奮闘しているなかで、母親は絶えず息子のことを心配している。かつて日本では「岸壁の母」などのエピソードが人々の心を打ったように、子どもの無事を願う母親の心情は、けっして「ドラマティックでない」とは言えないはずである。本作では、この母親の立場をアニメーションで描くというところに意味があり、エピソードとしての感動にも繋げているといえよう。
日本の作品『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)もまた、同様に母親の子育てを題材にした作品だった。この作品が“母性”を神格化させるような描き方をした点が、とくに女性の観客を中心に批判されたように、劇中でチャッカリから「彼女」と呼ばれたり、キラリから母親だと認識されるロズが子育てをするという設定は、ジェンダーロール(性別の役割)についての偏見を助長し、“母性”という概念を必要以上に高く評価しかねない懸念点もある。
さまざまな人間社会において、子育ての仕事を多く引き受けたり、家で子どもの心配をするという立場を女性が担当してきた歴史があることは事実だが、「偏見や思い込みから脱して考えを進化させる」というメッセージが重要な本作において、“母性”としてロボットの感情を描くのが適切であったかは、意見の分かれる点だと考えられるのではないか。
筆者は過去に、SF作家のケン・リュウに話を聞いたときに、“SF小説はこれまでテクノロジーの進化を描いてきたが、人種やジェンダーなどの社会観の方は旧弊なままだったりする作品も少なくない”という意見が、とくに印象に残った。いまの社会を生きる観客が、とくに“母の愛”に涙を誘われたり、共感を集める場合が多いのは理解したうえで、人間としての性別を持たないロボットに“母親”としてアイデンティティを与えることについては、慎重になる必要があったのかもしれない。
しかし、“母性”という概念を性別から切り離し、それが「子どもを育て、多くの人々と協調して生き延びる」という性質として理解した場合、それは未来や現代においても大きな意味を持つことになるのではないか。世界的に、国家や集団のなかで権力を持って意思決定をしてきたのは男性であり、戦争の際に兵士として出兵させられ敵を殺害してきたのも、主に男性だった。そのような好戦的ともいえる性質を担ってきたのが男性だったことを考えるのならば、“母性”のような女性的な性質とされてきた概念こそが、これからの時代を生き延びる鍵になり得るのかもしれない。“母性”が争いを停められるのならば、男性もまた母性的存在になる必要があるだろう。
本作『野生の島のロズ』は、母親の物語として、ある種の古典的な感動を伝えている部分がありながら、一方では進化などの歴史的、生物学的な問題、現在横たわる地球規模の問題などから、身のまわりの排他的な環境についての課題をも考えさせる、非常に多面的で複雑な一作だといえよう。そして、それを一つの考え方に収束させ、良い意味で単純に、人類や社会、さまざまな特徴を持つ個人にとっての、希望の道を照らし出しているといえるだろう。
参照
※ https://www.cbc.ca/1.7457076
■公開情報
『野生の島のロズ』
全国公開中
監督・脚本:クリス・サンダース
声の出演:ルピタ・ニョンゴ、ペドロ・パスカル、キャサリン・オハラ、ビル・ナイ、キット・コナー、ステファニー・シュウほか
日本語吹き替えキャスト:綾瀬はるか、柄本佑、鈴木福、いとうまい子、千葉繁、種﨑敦美、山本高広、滝知史、田中美央、濱﨑司
配給:東宝東和、ギャガ
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