『ボス・ベイビー』なぜ人気作に? 脚本の整合性を超えた実存主義的な姿勢

『ボス・ベイビー』なぜ人気作に?

 自宅の前に停まった一台のタクシー。7歳の少年ティムが外を見ると、そこから降りてきたのは、いかにも高級そうな黒いスーツと腕時計、サングラスを身に着け、革靴を履き、ブリーフケースを携帯するという、ベテランの大物ビジネスマンのような姿の、ものすごく背の低い人物だ。「なんだ…!?」ティムが驚いている間に、その人物は華麗なステップで颯爽と玄関まで歩いてくる。それはなんと、生まれたばかりの少年の弟だったのだ。

 全く意味が分からない状況だが、とにかくここで現れた“ボス・ベイビー”というキャラクターは、赤ちゃんとビジネスマンの要素が混在する、対極的な存在のギャップからくる不思議な可愛さに溢れている。そんなボス・ベイビーと少年ティムが繰り広げる冒険を追いながら、彼らの間に徐々に生まれていく愛情を、ギャグ描写たっぷりに描いたのが、本作『ボス・ベイビー』なのである。

 本作は、日本で大規模公開された、久々のドリームワークス・アニメーション作品でもある。さらに日本では意外ともいえるほどの動員数で、週間動員1位にランクインするなど人気作となった。ここでは、そんな『ボス・ベイビー』の人気の秘密を分析していきたい。

 社会性から切り離され、難しいことは考えられないはずの赤ちゃんを語り部にして物語が進行する映画といえば、市川崑監督の『私は二歳』(1962年)という先行作品があり、本作の設定が踏襲する「オッサンくさい赤ちゃん」が登場する、『ベイビー・トーク』(1989年)がある。『ベイビー・トーク』ではブルース・ウィリスが赤ちゃんの声を演じていたが、本作(字幕版)でボス・ベイビーの声をあてているのは、アレック・ボールドウィンだ。

 近年、かなり体重が増して貫禄がついたアレック・ボールドウィンは、近年の『ミッション:インポッシブル』シリーズでCIA長官を演じていたり、TV番組でトランプ大統領に扮するなど、金や権力を持ってそうな見た目という意味では、いまや他のアメリカの俳優の追随を許さない。そんなボールドウィンが赤ちゃんを演じているというだけでも、ものすごく笑える。

 おじさんが中年太りによって体型的に赤ちゃんに近づいていくという現象が示すように、おじさんと赤ちゃんは、意外と共通点が多いかもしれない。赤ちゃんのように傍若無人でキレやすく大声を出したり、家事を全くやらないというのは、おじさんに顕著にみられる傾向である。本作では、ボス・ベイビーがティムの父親を「ヒッピー」と呼ぶ場面があるが、ここで表現されているのは、権力志向で政治的に保守的な傾向を示す、ステレオタイプな組織人間としての中年男性のイメージである。

 ティムが空想好きな少年として描かれているように、ボス・ベイビーというキャラクターは、劇中の序盤あたりまでは、両親の関心を奪われたティムの嫉妬や思い込みによる“赤ちゃん”のイメージの表出なのだと観客に思わせている。だが物語が進むにつれ、そうではなく本当にボス・ベイビーという人物が存在しているという事実が明らかになり、観客は当惑させられることになる。例えば、ティムが「気にならないの? 赤ちゃんなのにスーツを着てブリーフケースを持ち歩いてる!」と、当然の疑問を両親にぶつけても、「分かってるわ。でもかわいいでしょう?」とはぐらかされてしまう。このシーンに至っては、論理的な整合性が完全に抜け落ちている。

 これは本作が、2010年に発売された絵本『あかちゃん社長がやってきた』("The Boss Baby")を原作に、そこに設定や展開を接ぎ木するように映画化されているところも大きい。絵本の内容では、「赤ちゃんは会社の社長のような存在だ」というユーモアを具現化した、一種ファンタジックな世界として統一感があるが、さすがにその世界観で映画の尺を埋めるのはつらいということで、ボス・ベイビーを、より現実的な存在として扱って、いろいろと肉付けしたという事情は容易に想像ができる。そのため、そのまま残された本来の世界観と、映画版だけの世界観がうまく混じり合っていないため、不要な混乱を呼び起こしてしまっているのだ。

 このあたりは、アニメーション映画界で随一の精緻な脚本力を誇る、ディズニー/ピクサー作品とはかなり開きがあるといえるが、それが本作のキャラクターの異様なインパクトを際立たせているとも感じられる。脚本の整合性を超えて、ここでは「とにかくボス・ベイビーは、ここにこうして間違いなく存在しているんだ」という実存主義的な姿勢で押し通そうとしているのだ。クリント・イーストウッドが、『荒野のストレンジャー』や『ペイルライダー』で演じた謎のガンマンが、幽霊のような、実在する男のような、何だかよく分からない中間的な存在だったからこそ、逆に圧倒的な存在感を持ち得ていたように、本作を鑑賞すると、多くの疑問を残しながらも、やはりボス・ベイビーの印象だけが強烈に残るのだ。

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