本広克行×谷口悟朗が語り合う実写とアニメの演出論 『踊る』と『プラネテス』の深い縁も

“青島から室井へ”と変化していく監督の在り方
亀山千広Pが明かす、『踊る』シリーズへの“責任” 『室井慎次』に込めた“終わり”の在り方
『踊る大捜査線』(フジテレビ系/以下『踊る』)シリーズの12年ぶりの最新作となる映画2部作『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生…ーー今回、プロデューサーの亀山千広さんと脚本家の君塚良一さんにもお話を伺ったのですが、本広監督が一番苦労されたように感じました。
本広:めちゃめちゃ苦労しました。「なんで俺がやらなきゃいけないんだろう?」「でも、二人にはお世話になってるし」と、ずっと考えていて。しかも室井さんが亡くなる話じゃないですか。それで「マジでどうしよう」と思って、考えすぎちゃって熱中症になってぶっ倒れて入院しました。
ーー君塚さんとしては本広監督に撮ってもらいたかったみたいですね。
本広:『容疑者 室井慎次』は君塚さんが監督で、僕は真逆の『交渉人 真下正義』を監督したんですけど、人間ドラマをどう撮っていいのか本当に分からなかったので、君塚さんが監督した方がいいんじゃないかと言ったんですよ。でも、「演出は本広監督の方が上手い。本広監督を俺は師匠だと思ってる」って言われて、「やべぇ。これは抜け出せない。泥沼に入ってるな」と思って。今回は亀山さんがずっと現場にいてくれて、わからなかったら亀山さんに相談して、周りには「これは亀山さんの最後の仕事だから」と言って説得して。
谷口:周囲に対して面倒なことをお願いする時に一番便利なのが「この作品でこの人は引退しますから」と言うと、大抵、聞いてもらえるんですよね(笑)。
本広:まさにその役割を亀山さんにやってもらって。亀山さんは「えっそうなの?」って感じでしたけど。亀山さんは美術の打ち合わせもCGの打ち合わせもグレーディング作業も全部来るんですよ。作っているのが本当に楽しいみたいで、本当に社長業が大変なんだなと思って(笑)。

ーー室井さんが亡くなる場面を映さないことは、この映画にとって大きな意味があると思ったのですが。
本広:最初の本では室井さんの死に顔まで書かれてたんですけど、「本当に知ってる人が死んでるみたいな気持ちになるので撮れないです」と言ったら、監督が撮れないんだったら書き直すって言って。それで今の形になって無線のシーンになって谷口さんにお願いすることになりました。僕には撮れなかったですね。
谷口:死ぬ瞬間を直接見せないというのは、映画的省略ですけど、それ以上に『踊る』のファンを信じて委ねたんだと思ったんですよね。満面の笑みかもしれないし、最後まで顰めっ面だったのかもしれないし、それぞれの中に、室井さんの最後の表情があるという。
ーー『踊る』シリーズは、現実の時間の流れと劇中の時間の流れが同じなので、出演者も視聴者と一緒に年を取っていくじゃないですか。そうなると、やっぱり室井さんに対する思い入れも年月の分だけ強まりますよね。
本広:見方も変わってきますよね。僕は若い時は完全に青島だったんですけど、年を取ると室井さんの苦悩が「すごくわかるなぁ」と思うようになって。
ーーこういう時間の流れを感じさせる作品って、それこそ『北の国から』と『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)ぐらいですよね。『踊る』が、その領域に入ったのが、面白い現象だなぁと思っていて。
本広:確かにそうですね。今回の場合は織田(裕二)さんも柳葉さんもやってくださるので、すごく幸せなシリーズだなと思って。普通はなかなかそうはいかないと思いますけど。
ーー今回、『室井慎次』を観ていて連想したのが、『夜叉』や『鉄道員(ぽっぽや)』といった高倉健さんの晩年の映画で、室井さんが雪の中で立ってるだけで泣けるんですよね。亀山さんは降旗康男監督と親交があったそうで、降旗監督と本広監督は人を動かすのが好きなところが似ていると、おっしゃっていたのですが。
本広:僕はキャラクターを動かすため他の人を動かすんですよ。室井さんを動かすための周りを動かした方が群像劇としても複雑な構造になるし、中心にいる人はキャラクターを守っていればいいので、室井さんにはピッタリでした。
谷口:このスタイルは難しいと思うんですよ。主人公に軸があって、それがブレるわけでもなく、動かないというのは、主人公の周辺に動的なことがなかなか発生しないっていうことだから、今回の撮影は大変だったんじゃないかと思います。
本広:難しかったですね。でも室井さんを最後に撮れてよかったなと思ってます。僕、室井さんが苦手だったんで、どこかで避けてたんですよ。分かんないですよね。「なんで黙ってんだろう? (思っていることを)言えばいいじゃん」って思ってたんですよ。もちろん高倉健さんの芝居もクリント・イーストウッドの芝居も好きなんですけど、自分は青島の気持ちの方がわかるし、動かしやすいですね。
アニメと実写、演技の見せ方の違い

ーー本広監督はアニメ作品にも関わっていますが、アニメと実写では演技の見せ方はやはり大きく違いますか?
本広:アニメの場合はアニメーターさんと声優さんが役者みたいな存在ですけど、どちらも面白いですよね。僕はカッチリ決めるのも好きなんですよ。アニメの場合はコンテをしっかり作るので、アドリブって声優さんの芝居が入るくらいじゃないですか。やっぱり実写の方は野放ししていくと、どこまでもいくので、めちゃくちゃにしますよね。それを叩いて戻す作業も面白いですよ。特にスリーアミーゴスみたいなおじさんたちってうまいよね。カットするまで延々と芝居を続けますからね。あの3人は、ストーブの周りでずっと本読み会をやってるんですよ。
谷口:じゃあ、ずっと回してたら5時間でも6時間でも喋れます?
本広:めちゃくちゃ面白いと思います。これで一本作れるなと思いながらいつも見てます。その姿を見て若い俳優たちが「やっていいんだ」って思うみたいな。
谷口:それは言えますよね。中堅とかベテランの人たちが自由にやることで「ここまでだったら許されるよ」というラインがわかるみたいな。
本広:印象的だったのが『踊る』のセットを見て緊張しすぎて声が出なくなる役者さんがいたんですよね。その時は後からアフレコすることにして撮ったんですけど、「大丈夫。大丈夫だよ。君が悪いわけじゃないから」って言って、今度はカウンセリングの役割もして。
谷口:でも、そのプレッシャーを与えている要素に本広監督自身も入っている可能性もあるわけですよね。
本広:もう、めちゃくちゃフレンドリーに接してますよ。特に新人の方には「大変だよね。マジで」と言って、愚痴を共有するんですよ。そうすると彼らも「監督、頑張ってください」って言って、伸び伸びと自由に芝居ができるようになる。これも演出ですよね。
ーー青島みたいですよね。
本広:青島と僕はちょっと似てるんですよ。とりあえず人を褒める時に「仕事早いね」っていうのは僕の口癖で、それを聞いた織田さんが使うようになって青島の台詞になったんですよね。
ーー今回は音響演出という立場でしたが、谷口監督は『踊る』シリーズに関わってみて、いかがでしたか?
谷口:アニメと違って完成した映像に対して当てるわけでもなかったので、素材を多めに作るという形でやれたのは面白かったですし、関わった人たちが自分の役割を理解した上で作品にプラスになるように努力してくれたことには感謝してます。本広監督の方も収録に立ち会っていただいた上で、事務的な台詞から感情を出した台詞まで、いくつかパターンを出させていただいて。最終的な効果音や音楽のミックスは「あとはお願いいします」とお渡ししたんですが、完成品を観た時に「あぁ、こういうふうにまとめたのか。なるほど」という驚きも含めて面白かったですね。最初は『踊る』的なノリかなと思って前半を観たら違ったのでスイッチを切り替えられたのも、やりやすかった理由かもしれないですね。最初は途中の捜査のシーンだと思ってたんですけどね。そしたらもう少し気楽にできたかもしれないですけど。
本広:途中の捜査のところも、機会があればまたお願いしたいです。

ーー最後に『室井慎次』を観て「人はどういうふうに年を取ればいいのか?」と考えさせられたのですが、二人は今後、どういうふうに年を重ねていきたいとお考えですか?
谷口:私はたぶん、肉体的に限界かなと思って諦めるまでは現場にしがみつき続けると思うのですが、もしも途中で何かあって死んじゃったら「それも人生だよね」みたいな気持ちがあります。年を重ねて、どのような姿になりたいとかというのは、う~ん……。私のアニメの師匠の高橋良輔さんは「人は自分が理想とする姿に老いる」とおっしゃっていて。例えばステッキを持ったイギリス紳士みたいな感じに憧れてて、ああいうのいいよねと思ってる人はだいたいそういうふうになっていくし、逆に酒に溺れるダメ人間に惹かれる人は、そういうふうになっていく。じゃあ、自分はどっちに惹かれているのか。それをこれから見てみたいという気持ちはありますね。
本広:室井さんは凄いよね。組織を辞めてからの悔いと、新しい自分に今できることをやろうとするけど、最後まで人のために生きるのは、大変だろうなって思っちゃいます。自分はそこまで利他的にはなれないので、多分好きなことをやるかなぁ。
ーーずっと映画を撮り続けたいということですか?
本広:撮るよりずっと観続けたいですね。映画を観るのが好きだけど、撮るのしんどいだけなんですよ。
谷口:いやはっきり言って、現場はキツいだけですよ。
本広:めちゃめちゃキツいですよね。
谷口:キツいのになんでやってるんだろう?
本広:そういう学校を選んだからですよね。
谷口:それがいけないんですよ。今村昌平さんがいかんと(笑)。
■公開情報
『室井慎次 敗れざる者』
公開中
『室井慎次 生き続ける者』
公開中
出演:柳葉敏郎、齋藤潤、前山くうが・前山こうが、松下洸平、矢本悠馬、生駒里奈、丹生明里(日向坂46)、松本岳、佐々木希、筧利夫、甲本雅裕、遠山俊也、西村直人、赤ペン瀧川、升毅、真矢ミキ、飯島直子、小沢仁志、木場勝己、加藤浩次、稲森いずみ、いしだあゆみ
プロデュース:亀山千広
脚本:君塚良一
監督:本広克行
音楽:武部聡志
配給:東宝
©フジテレビジョン
公式サイト:https://odoru.com/
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/odoru_movief
公式Instagram:https://www.instagram.com/odoru_project





















