劇場版『鬼平犯科帳 血闘』に満ちた時代劇の面白さ 松本幸四郎×市川染五郎による“継承”
1月13日に劇場版『鬼平犯科帳 血闘』が時代劇専門チャンネルにて独占初放送される。あわせてこれまでに放送されたテレビスペシャル『本所・桜屋敷』、連続シリーズ『でくの十蔵』『血頭の丹兵衛』の3作品も一挙放送される。2024年1月から怒涛の展開を続けてきた松本幸四郎主演『鬼平犯科帳』。筆者もこれを機に4作品を鑑賞したが、新しい『鬼平犯科帳』にすっかり夢中である。本稿は劇場版『鬼平犯科帳 血闘』を中心にその魅力をレビューする。
『鬼平犯科帳』は、言うまでもないことではあるが、これまで何度もテレビドラマ化された池波正太郎原作(文春文庫刊)の傑作時代劇だ。初代 松本白鸚や、二代目 中村吉右衛門と名だたる俳優たちが演じてきた「鬼の平蔵」こと火付盗賊改方長官・長谷川平蔵を松本幸四郎が演じる。劇場版「鬼平犯科帳 血闘」公開記念舞台挨拶の際のコメントにおいて松本幸四郎が「世界一の職人が集う京都の撮影所で、情熱と愛情を持って作品を作り上げました」と述べているが、本作を観て感じたのは、これまでの『鬼平犯科帳』並びにテレビ時代劇の歴史をしっかりと継承しつつ、新しい『鬼平犯科帳』を打ち出していこうとする作り手の意志である。
端的に言えば「こんなに時代劇って面白いのか」という新鮮な驚きに満ちていた。例えば「芋酒」や「軍鶏鍋」といった美味しそうな食べ物の数々の描写は池波正太郎作品ならでは。『本所・桜屋敷』の冒頭で登場した稀代の大盗賊・蓑火の喜之助(橋爪功)が『血頭の丹兵衛』で粋な登場をしたり、『血闘』で度々見せる同心・小野十蔵(柄本時生)の不審な動きが、次作の『でくの十蔵』の伏線になっていたりと、次の作品が待ち遠しくて仕方がなくなる構成になっているのは、大森寿美男脚本の巧みさだけにとどまらず、演者の見事な熱演と登場人物たちの魅力ゆえだろう。
原作者の池波正太郎が取り分け思い入れの強いキャラクターとして描いた、密偵・おまさ役を演じた中村ゆりの、儚げな雰囲気ながらも芯の強さを感じさせる佇まいは、『本所・桜屋敷』における若き日の平蔵と親友の岸井左馬之助が憧れた娘、おふさ(原沙知絵)、『血闘』における引き込み女・おりん(志田未来)や若き日の平蔵を知る、すあい女・おろく(松本穂香)のような「手前で(自分の人生の)賽を振る」意志の強さを持ちつつ悲劇的な結末を迎える『鬼平犯科帳』の女性たちの特徴を併せ持っているようにも見える。だからこそ、おまさが平蔵の下で密偵として生き続けること自体が希望なのだと思った。『でくの十蔵』は数奇な運命を辿る小間物屋の女房・おふじを演じる藤野涼子の可憐さを際立たせつつ、平蔵とは違う、名もなき人々が見た夢と悲哀を残酷なほど輝かせる『鬼平犯科帳』という作品そのものの魅力に唸る回であり、のちに平蔵の密偵となる小房の粂八(和田聰宏)誕生秘話である『血頭の丹兵衛』は、まさに松本幸四郎主演『鬼平犯科帳』シリーズに“惚れずにはいられない”回だった。