『Shrink』実写化を成立させた中村倫也 “ギャップの魔術師”だからこその弱井先生に
短いシリーズでありながら、観る人の心に長く残り続ける満足度の高い作品を送り出してきたNHK土曜ドラマから新たな傑作が生まれた。中村倫也が主演を務める『Shrink-精神科医ヨワイ-』(全3回)がNHK総合で放送中だ。都会の片隅で「新宿ひだまりクリニック」を経営する精神科医の弱井(中村倫也)と看護師の雨宮(土屋太鳳)が、訪れる患者の心の悩みに根気強く向き合う姿が描かれている。
原作は、『グランドジャンプ』にて連載中の同名漫画(原作:七海仁、漫画:月子)。単行本は第13巻まで発売されており、そのすべてを全3回に収めることはできないまでも、押さえるべきポイントを押さえた作品となっている。
まず印象深かったのは、第1話の序盤に弱井と雨宮が日本とアメリカの精神科受診に対する考え方の違いについて話す場面だ。日本の精神病患者は、アメリカに比べると圧倒的に少ないが、自殺率は先進国の中でも最悪レベル。それは精神科の受診率が低く、人知れず自ら命を絶つケースが多いことを意味している。日本では、未だ精神疾患に対する誤解や偏見が多く、受診にかかる心理的ハードルが高い。
対して、アメリカはもっとカジュアル。劇中で弱井が説明していた通り、彼らは精神科医のことを“shrink”=「妄想によって大きくなった患者の脳を小さく縮める人」というスラングで呼び、ちょっとした悩みも気軽に相談する。カウンセリングの敷居も低く、海外ドラマが好きな人は主人公がカウンセラーに失恋や仕事の悩みを相談したり、関係性がうまくいっていない夫婦が揃ってカウンセリングを受ける場面をよく目にするのではないだろうか。それくらいメンタルヘルスケアが日常に根付いており、精神科医やカウンセラーはいわば人生の伴走者のような存在なのだ。
そうした状況を踏まえ、本作は日本においても精神医療の門戸を広げようと試みているように感じる。そのためにおそらく最も重要だったのは、弱井役のキャスティングなのではないだろうか。本作では弱井が患者に対して病気の症状や治療方針を丁寧にかつ具体的に説明するが、中村は説明台詞でも機械的にならない。中村の低すぎず高すぎず、ちょうどいい声のトーンと柔和な語り口で言葉がスッと入ってくる。患者に対する視線や表情、姿勢、相槌の仕方などにも相当気を配っているのだろう。そのすべてが安心感に満ちていて、「精神科は怖いところ」と感じている人の不安を取り除くのに一役買っている。
普段はのほほんとしているけど、実はハーバードの医学大学院にも留学した経験があるエリート精神科医という意外性がハマるのも“ギャップの魔術師”である中村ならでは。だが、本作は決して弱井をどんな精神疾患もあっという間に治す天才として描いてはいない。心の病は、これまで描かれたパニック症や双極症の患者のように、症状が良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、自分なりの付き合い方を得ていく必要がある。そんな患者を弱井は時に病院の外へ出てサポートするが、そこまでする精神科医はあまりいないため、現実とはかけ離れていると思う人もいるかもしれない。しかし、弱井だけでは患者を支えられないという事実もしっかりと描かれているのがポイントだ。