森山未來×久野遥子×山下敦弘が『化け猫あんずちゃん』で考えた映像制作の”未来”とは

森山未來×久野遥子×山下敦弘座談会

山下敦弘が“後にアニメになる映像”を撮って考えたこと

ーー山下監督は実際に現場で撮影していて、通常の映画と違う点はありましたか?

山下:最初はアニメになることを踏まえて意識を変えた方がいいのかなと思っていたんですが、撮影を進めていくうちに、最終的にはいつも通りの感覚でやっていました。撮影初日は貧乏神とあんずの草を使った対決シーンだったんですが、もうとにかくシュールで(笑)。一方は猫耳をつけて、もう一方はふんどし姿で汗だくになって本気でやっている。これは面白いからこのまま行こうと思いました。久野さんが現場にいてくれたこともあって、お互いに確認しながら、手応えを感じながら進めていきました。実は、アニメだからといって特別な意識は持っていなかったんです。キャストの皆さんも「これはアニメになるんだな」という認識を持っていて、僕もそのつもりでやっていたので、特に指示を出さなくても自然と演じてくれていた感じがします。ただ、かりんちゃん役は人間の役なので難しかったと思いますが、他のキャストは自分の中で自然と変換してくれていた気がします。

森山:日本映画の精鋭を使いすぎている感はありますね(笑)。

森山未來

山下:『苦役列車』からの流れで、キャストもかなり重なっていますからね。宇野祥平さんも出演していますし。

ーー確かに信頼感がすごいというか、実写でもありえた作品になったのではないでしょうか。

山下:実写で撮るとちょっと重たくてお腹いっぱいな感じかもしれません(笑)。でも、この原作をきっと好きだろうなという人たちが自然と集まってくれて、それで統一感があったのかもしれません。みんな楽しんでやってくれました。

森山:脚本の前半は原作のエピソードをほぼ踏襲されていますよね。映画用に脚本を構築する過程はどうだったんですか?

山下:初稿のころはもっとシンプルなお話しだったんですよ。

久野:東京に行くというシーンもなかったですしね。

山下:そうそう、田舎でいろいろな出来事があって、最後にかりんが田舎から去っていくだけだったんです。でも、もう少し何かが必要だ、という話になっていく中で、フランスのMiyu Productionsが参加しました。フランスでは妖怪キャラクターが人気があるようで「妖怪の部分を膨らませてもいいんじゃないか?」という提案もありました。そんな中で、近藤プロデューサーから「地獄」というアイデアが出て、面白そうなのでとりあえずいまおかさんに全部振ってしまって、そこからもう一度スタートしたんです。後半がオリジナルでいろいろと膨らんでいったのは、やはりMIYUと一緒になってから一気に変わっていった感じです。

久野:アニメにする上で、アニメならではの見せ場が必要だという考えがあったので、近藤さんは地獄の描写だったり、カーチェイスのようなシーンがあったりした方がいいんじゃないかと提案されたのかもしれません。

山下:でも、近藤プロデューサーの前で言うのもあれですが、当時は私といまおかさんは「えっ」という感じでした(笑)。

ーーでもシンエイ動画らしいアニメーションでしたね。

山下:カーチェイスなどのシーンはフルアニメーションなので。久野さんに頑張ってもらいました(笑)。

久野:そうですね。私は『映画クレヨンしんちゃん』の絵コンテを描いた経験があったので、それが活きたんだと思います。

山下:企画が具体化していく中で、お母さんとの話ももう少し深掘りするようになりました。最初はもっとシンプルで、あんずとかりんの話だけだったのが、膨らんでいきました

森山:なるほど。いわゆるいましろさんの世界観の中にかりんちゃんが現れて、いろいろなことが起こって、そして帰っていくという流れから、さらにもう一つ展開が加わったわけですね。

山下:そうそう、だからいましろさんとしては、ここまで膨らんでしまったか! と思ったかもしれません(笑)。

久野:いましろさんもアイデアを出してくださったりしましたよね。

山下:そう、いましろさんからもいろいろとアドバイスをもらいました。

森山:そういえば、いましろさん、あんずちゃんの続きを描いているってこの前話していましたね。

山下:いましろさんが原作の続きを描くというのはいちファンとしては凄く嬉しかったです! ちょっと読ませてもらったんですが、かなりぶっ飛んでいました(笑)。

実写×アニメーションのものづくりは今後さらに発展していく?

ーーMiyu Productionsが加わって、多角的な視点が加わりましたが、この美術が日本の原風景を見事に表現していると感じました。改めて完成した映像をご覧になられて、本作でどういう役割を果たしていたと感じていますか?

久野:今回、美術監督と色彩設計を担当されたのはJulien De Manさんです。彼は『レッドタートル ある島の物語』や『イリュージョニスト』といったアニメ映画の美術を手掛けた方で、作品ごとに美術のテイストを変え、適切な表現を考えてくださる方なんです。あんずちゃんについては、新印象派の画家のピエール・ボナールのスタイルが合うと提案されました。最初は驚きましたが、ボナールの絵を見せていただき、ジュリアンさんがそのイメージで描いた美術を拝見した時、色彩の素晴らしさや、線のやわらかさがあんずちゃんの雰囲気にぴったりだと感じました。色調については、ジュリアンさんがシーンごとに丁寧に表現してくださいました。一方で夕方の時間帯の明るさなどはフランス的な光の美しさがあってとても興味深い美術になったと思います。

ーー山下監督は、撮影時にアニメーションの事をどれくらい意識されたりしましたか?

山下:撮影時はアニメーションのことは正直それほど意識しなかったですね。ただロトスコープの利点は、天候に左右されないことです。曇りの日に撮影しても、アニメーション化する際に晴れの表現ができますし、逆に晴れの日の撮影でも雨のシーンを作れます。そのため、僕は現場では演技だけに集中する事ができました。撮った後に久野さんに「後はよろしく頼む!」と預けました(笑)。

――ということはMIYUさんの美術や色彩を撮影中から意識した訳ではないんですね?

山下:そうですね、色彩などについては全く想像できていませんでした。ジュリアンさんが描いた背景を見ると、光の印象が違いますよね。最近カンヌに行って感じたことですが、光の質が異なるんです。向こうは湿度が低くて、とてもカラッとしていて、木々などが本当にキラキラと輝いています。そういった点も含めて、僕らとは感覚が違うんだなと思いました。色の捉え方も恐らく異なるでしょう。もし日本で全て仕上げていたら、おそらく全く違う仕上がりになっていたでしょうね。その文化の混ざり具合が本当に面白いと思います。ジュリアンさんも制作を楽しんでくれていたので、とても嬉しかったです。

久野:実写の映像がベースにあるので、色の感覚は異なりながらも、不自然な日本像になっていないのがポイントだと思います。日本らしさはしっかりと保たれていながら、色味や雰囲気にどこか日本らしくない要素が残っていて、絶妙な、いい意味でのミスマッチが生まれているような気がします。

ーーこうした実写とアニメーションが融合したものづくりは今後さらに発展していくのでしょうか?

山下:この制作過程はとても新鮮でしたね。アニメですが、一本の映画として考えた時に、フランスと日本の映画に対する意識の違いを感じました。日本は、予算的な制約もあって、どうしても効率を重視しがちです。本来ならもっと時間をかけられるはずなのに、短期間でまとめて仕上げて公開するという思考になっています。一方、フランスでは「気になるところがあればやり直せばいい」とか「もっと時間をかけて詰めていこう」という考え方です。今回、長期間にわたってダビングや色味の調整を続けるのは初めての経験でした。これは別にアニメだからというわけではなく、実写でも同じことができるはずです。フランスの人たちと制作することで、個人的に発見する事が多かったです。日本の良いところもありますが、フランスとの意識の違いも感じました。こういった共同作品はこれからもどんどん広がっていったら面白いと思います。今回は本当に良いバランスで仕上がったのではないでしょうか。

(左から)山下敦弘、久野遥子、森山未來

森山:ちなみに今回はいわゆるCGは使っているんですか?

久野:3Dを使用している箇所もありますが、基本的にキャラクターは手書きですね。

森山:なるほど。実写でもCGやコンピューター制御の編集作業がとても多くなっていますよね。この作品はアニメーションでもあり、実写でもありますが、全体的に手作業の感触が強いです。ただ、これがロトスコープや実写とアニメーションの融合の未来像というわけではなく、お二人がそういう手触りや温度感を大切にしているからこそ、このような作品になったのだと思います。

久野:そうですね。昔の日本のアニメでは、実写の監督が長編アニメを作ることもありました。今は専門性が高くなり、長年作り続けている人でないと制作が難しい状況が続いているのかなと思います。私自身もアニメ会社で長く勤めた経験はなく、ある意味では門外漢です。私のような立場の人間が制作する映画が合っても良いと感じています。一般的な制作方法から外れた面倒くさいことを逆にやってみたり手探りにつくるのも面白いです。こういった気持ちの人が長編アニメを作れる機会が今後増えていくなら、私も嬉しいですね。

■公開情報
『化け猫あんずちゃん』
全国公開中
監督:久野遥子、山下敦弘
原作:いましろたかし『化け猫あんずちゃん』(講談社KCデラックス刊)
キャスト(声・動き):森山未來、五藤希愛、青木崇高、市川実和子、鈴木慶一、水澤紳吾、吉岡睦雄、澤部渡、宇野祥平
制作:シンエイ動画×Miyu Productions
脚本:いまおかしんじ
音楽:鈴木慶一
編集:小島俊彦
キャラクターデザイン:久野遥子
作画監督:石舘波子、中内友紀恵
美術監督・色彩設計:Julien De Man
コンポジット開発:Guillaume Cassuto
撮影監督:牧野真人
CG監督:飯塚智香
音響監督:滝野ますみ
実写撮影協力:マッチポイント
撮影:池内義浩
録音:弥栄裕樹
スタイリスト:伊賀大介
主題歌:佐藤千亜妃「またたび」(A.S.A.B)
プロデューサー:近藤慶一、Emmanuel-Alain Raynal、Pierre Baussaron、根岸洋之
製作:化け猫あんずちゃん製作委員会
配給:TOHO NEXT
©️いましろたかし・講談社/化け猫あんずちゃん製作委員会
公式サイト:ghostcat-anzu.jp
公式X(旧Twitter):@ghostcat_anzu

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