“先住民発”の重要作 リリー・グラッドストーン主演『ファンシー・ダンス』が世界に放つ声

『ファンシー・ダンス』が世界に放った“声”

 アカデミー賞で作品賞を含め最多7部門に輝いた『オッペンハイマー』とともに、さまざまな賞レースを争った、巨匠マーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023年)。この映画は、アメリカ先住民のオセージ族が次々に不審死するという大事件が発生したにもかかわらず、長期間にわたり放置されていたという、1920年代に起きたアメリカ史の暗部の一つ「オセージ族連続怪死事件」を題材にしたという点で、非常にセンセーショナルな一作だった。

 そんな1920年代の異様な状況は、じつは現在も継続されているのかもしれない。そんな危機的状況を映し出す、これもまた重要な映画が、Apple TV+の配信作品としてリリースされている。それが、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』にも出演し、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたリリー・グラッドストーン主演の『ファンシー・ダンス』である。

 この作品は、劇場公開を果たせなかったことが非常に残念だと思えるほど、近年のアメリカ映画のなかで際立って重い意味を持つ一作となっている。ここでは、なぜ本作『ファンシー・ダンス』が、重要作となったのかを解説していきたい。

 本作は、ある先住民の女性と姪とがたどる危険なロードムービーである。それを演じる、リリー・グラッドストーンと、若手俳優のイザベル・ディロイ・オルセンもまた、自身が先住民として文化を継承している存在だ。そして本作の監督、脚本を務めたエリカ・トレンブレイもまた、アメリカ先住民のセネカ・カユーガ族をルーツに持ち、共同脚本のミシアナ・アリスはアラスカ、カナダの先住民トリンギット族出身。つまり本作は、出演者、製作者ともに“先住民発”といえる作品なのである。

 本作の企画は、エリカ・トレンブレイとミシアナ・アリスが2019年にサンダンス映画祭で出会ったことで始まった。二人は、脚本を交互に書き直し合って完成させたが、その際に異なるルーツながら双方の経験が非常に似ていたことに気づいたのだという。結果として本作の物語は、舞台設定がセネカ・カユーガ・ネイション保留地という具体性を持ちながらも、複数の先住民族に共通する視点を得た作品となっている。

 驚かされるのは、本作の冒頭、伯母ジャックスと姪のロキのコンビが協力してピックアップトラックを盗み出すところだ。ジャックスが森で釣りをしている男性にわざと肌を見せて視線を奪っている隙に、ロキが車のキーを盗み出す。そして二人は解体業者に車を持っていき、盗品を取引して生活費を得るのである。主人公たちのやっていることが、かなり本格的な犯罪なのだ。貧しさからの行動とはいえ、子どもに悪事を教え込む伯母の責任は重いだろう。

 このような設定を用意できるというのは、物語を作っているのが先住民当事者であるからこそだといえよう。先住民以外の製作者が、先住民の主人公を犯罪者として描くというのは、もちろん完全なタブーではないものの、一般的に偏見を広めるおそれがあると見られてしまう場合があるからである。それは、かつて黒人を犯罪者であるかのように描き、有色人種を排斥する団体を英雄視したことで、政治的な意味で悪名高い映画作品『國民の創生』(1915年)のような作品を生み出してしまった映画界の過去があったからだといえる。

 ただ、つくり手側にそういった配慮は常に必要ではあるものの、そういう姿勢が先住民のマイナスイメージを避けたことで、マイノリティを清廉潔白で無害な人だとして描きがちになり、登場人物をある種のステレオタイプに押し込めてきた部分があることも事実なのではないか。本作の主人公は、たしかに倫理に外れたことをしているが、その上で人間味やユーモア、気骨があるといった、複雑な人間像が造形されている。本作には、そのあたりに二人のクリエイターが新鮮な先住民像を生み出そうとする試みが見て取れるのである。それだけに、世馴れた二人の女性の道ゆきの物語は、いきいきとして人間味に溢れたものとなった。

 リリー・グラッドストーン演じるジャックスの恋愛対象が同性であることも、そんな試みの一つである。しかし、それがあくまで“たまたま”そうだったと描かれていることも、本作にとって重要な部分となっている。あらゆる人種、民族に善人や悪人がいるように、性的指向ももちろんさまざまなのが当然だ。しかし、創作においてマイノリティが描かれている場合、そのなかでのマイノリティにスポットライトが当たることは非常に少ないといえる。そこに手をつけているところにも、トレンブレイ監督らの狙いが垣間見える。

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