『クレオの夏休み』は監督の実体験から生まれた傑作 6歳の少女が初めて触れる“外の世界”
2023年の第76回カンヌ国際映画祭で批評家週間のオープニング作品に選出されたことをはじめ、数々の国際映画祭で高い評価を獲得してきたマリー・アマシュケリ監督の映画『クレオの夏休み』が、7月12日より日本公開される。パリで生まれ育った6歳の少女クレオが、ある日突然彼女のもとを去ってしまったナニー(乳母)の女性の故郷である大西洋の島国カーボベルデを訪れる「ひと夏の体験」を描いた本作。映画学校時代の仲間たちと共同監督した映画『Party Girl(原題)』(2014年)でカンヌ国際映画祭の「カメラドール(初長編作を対象とした映画賞)」を受賞するなど、本国フランスでは気鋭の脚本家・映画監督として注目されてきたアマシュケリ監督は、そもそもなぜ、自身初の単独長編監督作となる本作で、このような題材を選んだのだろう?
「この映画は、私の実体験をもとにしています。私が生まれてから6歳になるまでのあいだ、ずっと私の世話をしてくれた女性がいて――映画の最後に名前を挙げさせてもらったロリンダ・コレイアというポルトガル国籍の女性なのですが、彼女のことが私は本当に大好きで、世界でいちばん愛している女性だったんです。けれども、私が6歳のとき、彼女は自国に戻らなければならなくなってしまいました。当時の私は、その理由がどうしてもわからなかったんです。その人にはその人の事情があるということをまったく想像することができず、どうにも理解することができなかったんです。なので、彼女とお別れの日も、私は彼女に直接『さよなら』を言うこともできず……それっきりになってしまったことが、ずっと心に引っ掛かっていました。それから20年後、ようやく彼女と直接話す機会を得たんです。そこで、当時の私にはわからなかったこと、知らなかったことをたくさん知りました。それをいつか、自分の映画で描いてみたいと思っていたんです」
ある意味、監督の「分身」とも言える主人公クレオを演じるのは、本作が演技初挑戦となった少女、ルイーズ・モーロワ=パンザニだ。パリの公園で遊んでいた彼女を偶然見かけたスタッフが急遽オーディションに招き、満場一致で今回の役を演じることが決定したというルイーズ。子どもらしい無邪気さを全身で表現する一方、メガネ越しにうかがうことのできるその瞳の奥に、時折深遠なものを感じさせる独特な雰囲気をもった彼女との出会いに関して、監督はこんなふうに振り返る。
「オーディションでたくさんの子どもたちに会ったのですが、彼女はその当時5歳でした。まず最初に思ったのは、すごく不思議なまなざしをした少女だなということ。5歳なのに、実は120歳ぐらいなんじゃないかと思うような(笑)、とても成熟したまなざしを、時折彼女は見せるんです。彼女と一緒に仕事をしたら、きっと私も得るものが大きいんじゃないだろうか。そう思って彼女を主役に選びました。実際の撮影中も、彼女は他人の話をよく聞くというか、子どもながらに“聞く耳を持つ”少女でした。他人の言っていることを一生懸命理解しようとする気構えが彼女にはあるんです。私がほめると、いつも彼女は照れてしまうのですが(笑)、そういう意味で、非常に共感力が高い少女なんです」
初めての来日ということで、少し緊張しているところ――あるいは、人見知りもあるのだろう。監督の隣で、はにかんだ笑みを浮かべるルイーズ。映画の中のクレオさながら、今回の来日はルイーズにとっても、ひとつの「冒険」であるようだ。とはいえ、初の単独長編監督作で、演技未経験の少女を主役に据えるというのは、なかなか勇気のあることだったのではないだろうか。監督は言う。
「おっしゃる通り、とてもリスクのあることだったと思います(笑)。ただ、私がとてもラッキーだったのは、本作のプロデューサーになってくれたベネディクト(・クーヴルール)が、以前セリーヌ・シアマ監督の映画『トムボーイ』(2011年)で子どもたちと一緒に仕事をして、子どもたちの扱いはもちろん、親御さんへの説明などに関して、とても慣れていたことでした。それもあって、彼女は本作のプロデューサーになることを快諾してくれたのですが、それと同時に彼女はいくつかの条件を私に提示しました。脚本は70ページ以内に収めること、撮影期間は6週間、1日の撮影は4時間など、いずれも子どもたちに配慮した条件です」
シングルファザーの父親とパリで暮らす6歳の少女クレオは、ナニーのグロリア(イルサ・モレノ・ゼーゴ)のことが大好きだ。登下校もお風呂も寝るときも、いつも2人は一緒だった。けれどもある日、グロリアが遠く離れた故郷に帰ってしまう。突然の別れに戸惑い、悲しみに暮れるクレオを見かねた父親は、「夏休みの間だけ」という条件で、彼女をグロリアが暮らすアフリカの島国カーボベルデに送り出す。グロリアとの再会を喜ぶクレオ。しかし、そんな「ひと夏の体験」は、彼女にとって必ずしも楽しいだけのものではなかった。本作は、6歳という多感な少女が、「世界」の在り方に触れる物語でもあるのだ。そんな本作の脚本を書く上で、アマシュケリ監督は、過去のどんな映画を参考にしたのだろう?
「私は、発せられる言葉の裏にあるもの、その表情の裏に隠された意味を読み取ることが好きなのですが、そういった意味で、イタリア映画――とりわけ『ネオリアリズモ』と呼ばれるような映画、その中でも(ピエル・パオロ・)パゾリーニ監督の『マンマ・ローマ』(1962年)には、少し影響を受けているかもしれないです。あの映画は、台詞が意味をなしていないというか、その裏にある意味を理解しなければならないような映画なんです。私も今回、そういう脚本を目指しました」