『不適切にもほどがある!』市郎と純子の身に起きた悲劇 錦戸亮がダンスと歌で存在感発揮
おそらく多くの視聴者と同じく、市郎もその結末を予想していたに違いない。だが、自分が死ぬという日の詳細を、ましてや最愛の娘と共に迎える最期の日についてなど、冗談でも聞きたくなかったのではないだろうか。ゆずると離婚して南フランスに行っている嘘の話に騙されてみせたのも、「俺は(ゆずるのお店には)行かなかったんだろ?」と茶化してみせたのも、そんな心境の表れだったように思うのだ。
そんな受け入れがたい事実と直面するときこそ、ミュージカルパートという新技が効いてくる。ゆずるにとって、てこずった採寸はやっと打ち解けることができた義父との一番の思い出とも言える。だが一方で、もし自分がもっとスムーズに採寸ができていれば、震災に巻き込まれなかったのではないかという心苦しさもあっただろう。「でもよかった。ちゃんと打ち解けて、仲直りして、酒飲んだり、孫抱っこしたり。そういうの一通りあるんだ、これから! ハハハ、楽しみだ」と、気丈に振る舞う市郎。本来、彼が生きる1986年から、あと9年後のことだ。自分と娘の運命を知ったショックを受けながらも、ゆずるを思う器を見せた市郎。その強さに、グッときてしまった。
さらに「で、背広は?」と、ゆずるの願いを叶えるべく、肝心のスーツを持ってくるように促す。そのひと針ひと針に、どれだけの気持ちがこもっているのかと想像すると、胸が押しつぶされそうだ。こんな奇跡のタイムスリップがなければ一度も袖を通されることのないはずだったスーツを、笑顔でサラッと着こなしてみせる市郎。それを感慨深く見つめる渚。あれだけコンプラを一切無視して言いたいことを言い放ってきた市郎だが、すべての言葉を飲み込んだ表情にまた涙腺が刺激された。
人生は正しくてスマートなことだけが美しいわけではない。無骨でも、非効率的でも、どう一瞬一瞬を一生懸命に生きたか。その積み重ねがその人らしさを形成し、生き様になる。そんなことを考えさせられた。
八嶋智人が土曜の午後の番組MCに就任し「調子に乗ってる」「不審な動きはきっと不倫だ」なんて言われながら、実はこっそりとけん玉を特訓していたこともそう。令和で不登校だったキヨシ(坂元愛登)が、昭和で学校に来られていないクラスメートのためにラジオを通じてメッセージを送ろうと、地道にいくつもの番組にハガキを出していたこともそうだ。たとえ、そのまま誰からも承認されなかったとしても、いやむしろ人知れず行なったことこそ、自分自身の芯を作る誇りとなっていくのかもしれない。
そして、気になるのは今後の市郎の動きだ。1995年1月17日に起こる出来事を知った今、未来を変えようと画策するのだろうか。その場合、タイムパラドックスなど不都合な事態は避けられるのだろうか。家族の、そして自分自身の死を迎えるというのは、誰もが避けては通れない運命だ。しかし、それこそ普段は知らないふりをしたり、茶化したりしてしまうところ。市郎の今後を見ながらきっと私たち視聴者も一緒に考えさせられることになるだろう。
第1話からお断りテロップで逃げ切るアクロバティックに始まり、風刺の効いたコメディ全開のストーリー展開、そしてミュージカルパートの斬新な演出で笑わせておきながら、生と死について真正面から問いかけてくるとは。改めて、なんて大胆不敵なドラマだろうか。
■放送情報
金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
出演:阿部サダヲ、仲里依紗、磯村勇斗、河合優実、坂元愛登、三宅弘城、袴田吉彦、中島歩、山本耕史、古田新太、吉田羊
脚本:宮藤官九郎
プロデュース:磯山晶、勝野逸未
演出:金子文紀ほか
主題歌:Creepy Nuts「二度寝」(Sony Music Labels)
編成:河本恭平、松本友香
製作:TBSスパークル、TBS
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