『白日青春-生きてこそ-』は意義深い一作に アンソニー・ウォンの人間性に心打たれる

『白日青春-生きてこそ-』は意義深い一作に

 『インファナル・アフェア』シリーズや『頭文字D THE MOVIE』(2005年)、『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』(2008年)などの出演作で、日本でも広く知られている、香港の俳優アンソニー・ウォン。数多くの映画に出演し、絶大な人気を誇っている国際的なベテラン俳優だ。

 近年、メジャー作品への出演の機会が減っているとはいえ、よりメッセージ性の強い『淪落の人』(2018年)に主演するなど、気鋭の監督と組んで新たな扉を開けることで、さらなる評価を高めている段階にあるといえる。この度公開される『白日青春-生きてこそ-』は、まさにそんな現在のアンソニー・ウォンの活動を象徴する、意義深い一作となった。

 台湾で授賞式がおこなわれる、中華圏を対象とする著名な映画賞「金馬奨」では、本作が席巻することとなった。最優秀主演男優賞にアンソニー・ウォンが選ばれ、監督と脚本を務めたマレーシア生まれのラウ・コックルイは、最優秀新人監督賞と最優秀オリジナル脚本賞を受賞。また、香港の「金像賞」でも4部門にノミネートされ、少年役を演じたパキスタン系のサハル・ザマンが最優秀新人俳優賞を獲得している。

白日青春-生きてこそ-

 今回、アンソニー・ウォンが演じるのは、香港に住む老齢のタクシー運転手・陳白日(チャン・バクヤッ)。彼の名前「白日」とは、中国語で太陽や昼間を指す言葉だ。かつて移民として香港にやってきて長年働いてきた人物だが、ある出来事から、警察官の一人息子・ホン(エンディ・チョウ)とは、長期間こじれた関係にある。そんな白日は、交通事故をきっかけに、パキスタン系の男性アフメド(インダージート・シン)と出会うことになる。

 この白日というキャラクターが興味深いのは、平凡で憎めない部分もありながら、共感できない面があるところだ。アフメドの運転していた乗用車に大きな傷をつける事故を起こしたときに、アフメドの容姿を見て、「あいつは不法移民かもしれないぞ」と、対応にあたった警察官にうったえ、自身の過失をごまかそうとするのである。また、息子が警察官ということもあり、その力も利用して自身に有利な方向へと、事態を運ぼうとする。

白日青春-生きてこそ-

 一方、アフメドは難民申請をしている最中であり、騒動を起こしたくない弱い立場にあるという事情があった。白日は、そんな窮地につけ込んで、自分に有利な虚偽の証言をするよう彼に迫ってしまう。そして、その際のトラブルによって、さらなる過失からアフメドを事故死させてしまうのだ。

 白日は自分本位な人物だといえるし、感心できない振る舞いをしてしまうのは確かだが、もし白日の立場であれば、保身のために同じような行為をしてしまう人は少なくないはずだ。この主人公のキャラクターには、小さな安定を失いたくないという小市民としての強いリアリティがあり、彼が経験することになる良心の葛藤の描き方にも、絶妙なバランス感覚がある。つまり白日は、大悪人でも清廉な人物でもない、ある意味でわれわれ“普通の市民”の鏡像であるといえるのではないか。

白日青春-生きてこそ-

 しかし、悲運の死を遂げてしまったアフメドには、一緒にパキスタンを出て、難民の認定を待っていた妻ファティマ(キランジート・ギル)と、「莫青春(モク・チンチョン)」という中国名を持つ息子のハッサン(サハル・ザマン)がいた。まだ10歳のハッサンは、防波堤となっていた父親を失ったことで道を踏み外し、その歳で移民のギャングの仲間になろうとする。罪悪感にさいなまれた白日は、ボランティアを装ってファティマやハッサンにささやかな援助を試みる。そして、警察に追われたハッサンをタクシーに乗せて走り出すことになるのだった。

 このストーリーに大きな影響を与えているのが、過去に難民を題材にした記録映画も撮っている、新鋭ラウ・コックルイ監督自身の境遇だ。彼は中華系マレーシア4世として育ち、高校卒業とともに香港に移住して、広東語が分からないまま映画を学んだのだという。そして、未知の国で異文化に馴染むことについて、どれだけ苦労したのかについて語ってもいる。香港で多数派を占める中華系であっても、厳しい経験をしたのだから、本作のアフメド一家のように、それ以外の民族であったならば、のしかかる苦労はその比ではない。

 白日もまた、香港に移民としてやってきて、懸命に働いてきた人物だ。本作の冒頭で彼は、かつて自分が香港に泳いで渡ったきた岸辺を、万感を込めて眺めている。だからこそ彼は、同じように厳しい環境で奮闘してきたアフメドの境遇や、彼に家族がいることを知ることで、自分のできる範囲でハッサンを助けようと決意することになる。

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