チャン・グンソクとホ・ソンテが演技合戦! 『餌【ミッキ】』は韓国社会の病巣をえぐる 

『餌【ミッキ】』がえぐる韓国社会の病巣

 『餌【ミッキ】』は死んだはずのサンチョンが生きていて、関係者が殺害される事件が発端になる。捜査機関と詐欺グループと別に、第三の勢力として詐欺被害者たちが登場する。彼ら被害者の会は事件の重要なピースを握っており、物語の帰趨を左右することになる。詐欺被害者で謎を秘めた記者のチョン・ナヨンを演じるのはイ・エリヤで、本作のヒロイン的な存在だ。とはいえ、ダークなトーンに貫かれた本作でイ・エリヤが演じるナヨンはいわゆるステレオタイプな女性像からかけ離れている。真実を求めて自ら危険な現場に飛び込むナヨンには、やむにやまれない動機があった。裏切りと策略が渦巻く本作にあって、ナヨンは守るべき真実を指し示しており、メディアや報道のあり方にも一石を投じる。

 キャラクターの二面性は本作の重要なポイントだ。チャン・グンソク、ホ・ソンテ、イ・エリヤ以外の出演者もただの悪人や正義の代行者、犯罪の被害者で終わらない。物語に有機的に絡む彼らには一人ひとり特有の事情があり、他人に見せないもう一つの顔を持っている。その事実が本作を多面的でプリズムのような魅力を持つ作品に変えている。

 『餌【ミッキ】』で被害者は加害者、過去は現在であり、相手の中に自身の姿を見出すことは一度や二度ではない。時計の針が現在に近づき、真相が明らかになるにつれて鮮明になるのは、欲望にほんろうされる私たち自身だ。本作が制作された背景には詐欺被害が多発する韓国の実状がある。そこにはかつてのサンチョンのように、報われず不遇のうちに生きる人々がいる。このような事実は日本に暮らす私たちにとってまったく他人事ではない。

 タイトルの『餌【ミッキ】』の意味は本作で何度も形を変えて登場する。騙す側の悪性に光が当てられがちな詐欺は、騙される存在がいなくては成立しない。騙されてしまう人間は目の前の希望にすがるが、詐欺師はその心情に付けこむ。作中のセリフにあるように人は弱く、弱いから誰かを信じなければ生きていけない。信じることは希望になる反面、だます側は周到に餌をまく。日本にも『クロサギ』(TBS系)や『サギデカ』(NHK総合)など詐欺を題材にした名作ドラマがあるが、『餌【ミッキ】』が捜査ものや社会派ドラマの域を超えて訴えかける理由は、変わらない人間のさがと、欲望に駆り立てられ日々消耗しながらも、その先に幻想を追い求める人間の虚実を描ききっているからだ。

 ここまで読んでくれた方には、本作の魅力が十分に伝わったと思う。もし万が一関心を持てなかったとしてもまったく問題はない。なぜなら上で述べたような理由を抜きにしても、本作はドラマとして抜群に面白いからである。凄惨なバイオレンス、カーチェイスや犯人の追跡行、空撮や大胆な構図の転換など視覚で楽しませる工夫が随所に見られる。冗長な説明を抜きにしてテンポ良くストーリーが進行するから、先へ先へと見入ってしまう。本作はビンジウォッチに最適で、休日にチャン・グンソクとホ・ソンテの演技合戦を堪能するのも悪くない。「韓国ノワール」と呼べる本作を観て、筆者は他の捜査ものやサスペンス、法廷ドラマも観てみたくなった。まずは途中になっている『イカゲーム』を完走しようと思う。

■配信・リリース情報
『餌【ミッキ】』
U-NEXTにて全編独占先行配信中
配信サイト:https://onl.bz/tNHHQvi

DVD-SET1&2発売中
価格:各12,540円(税込)
※DVDレンタル中
発売・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

出演:チャン・グンソク、ホ・ソンテ、イ・エリヤ、パク・ミョンフン、イ・ソンウク
演出:キム・ホンソン
脚本:キム・ジヌク
制作:H.HOUSE、CREAHUB、スタジオドラゴン
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