『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』から考える、原作のあるアニメーション映画の意義

原作のあるアニメーション映画の意義とは?

 とはいえ、今回の内容は「豪華客船編」と比べてもかなりシンプルにまとめられていて、重厚なテーマやストーリーのひねりなどがないために、一本の映画として食い足りないところがあるのも確かだ。「豪華客船編」でヨルが殺し屋としての自分の仕事に疑問を持つ部分や、エピソード「任務と家族」で、ヨルの弟ユーリが秘密警察として市民を弾圧することに葛藤を覚えるような、国家のあり方や人権蹂躙にまつわる、『SPY×FAMILY』の醍醐味といえる描写は排除されている。その意味でいえば、本作が映画である理由は、アーニャの幻想シーンや、ヨルのアクションシーンあたりの見せ場ということになるだろう。

 とくにロイドが巨大な飛行戦艦に戦闘機で挑む場面や、ヨルが圧倒的な身体技術で飛行戦艦の機体の上を走り抜ける場面は、宮﨑駿監督の名作『未来少年コナン』の「空中要塞ギガント」戦が基になっているように思える。といっても、宮﨑駿監督のような飛行機や兵器、物理的な運動への変態的なこだわりまでは本作には見られない。

 興味深いのは、それにもかかわらず本作の初日アンケートによる満足度が非常に高いという事実である。これは、TVアニメの評価されている魅力の部分を、設定の説明同様に、律儀すぎると感じるほどに押さえているところにあるのではないか。(※)

 シリーズの人気が飛躍的に高まったのは、スパイ映画の要素と家族のドタバタコメディの要素が絡み合っているところである。ファミリーの夫妻は、互いの素性を知らないことで、いちいちおかしな勘違いをしてしまう。そんな二人の間で、観客とともに秘密を知っている娘アーニャが、主要登場人物でありながら「狂言回し」のような役割を兼任し、そのシュールな面白さを“ツッコミ”を交えながら解説してくれる。

 さらに自己中心的だったり、ときに大人びた言動をするアーニャのキャラクターは、『ちびまる子ちゃん』や『クレヨンしんちゃん』など、国民的な人気を得ているアニメ作品と共通部分が多い。『SPY×FAMILY』がファミリー層を含めた幅広い支持を得たのは、このキャラクターの魅力に負うところが少なくないという意見に疑問を差し挟む人は少ないはずだ。

 これらの点を前提にして本作を観ると、まるで本作自体が『SPY×FAMILY』の反響に対する“答え合わせ”であるかのように思えてくる。『SPY×FAMILY』そのものというよりも、『SPY×FAMILY』のブームがどこにあるのかが作り手によって分析され、それらを見せ期待に応えていくことで映画作品として成立させようという試みなのだと判断できる。つまり本作は、あくまでファンへの感謝としての意味合いが強い作品ということになるだろう。

 だが、それを納得した上で、既存の映画との共通点も多い『SPY×FAMILY』という作品のポテンシャルを考えれば、映画作品としてもっとさまざまな試みがおこなえるのではないかという不満を持ってしまうのである。『SPY×FAMILY』のキャラクターたちの設定や物語の展開を考えれば、原作や、原作に大筋で沿っていくだろうTVアニメの展開は、おそらく終盤でシリアスでハードなものになっていくこと、心を震わせるような感情の発露があると予想できる。そして現在は、そのあらかじめ定められた結末までの長大な「モラトリアム」(猶予された期間)なのだと理解できるのだ。そして、本シリーズの人気が高まれば高まるほど、このモラトリアムは継続されていくことになるのではないか。

 そう考えたとき、独立したオリジナルストーリーを用意する本作のような作品のやるべき挑戦は、原作とは異なるアプローチによる、新たなテーマ、新たな表現の提示なのではないか。そしてそれは、原作やアニメファンを喜ばせる表現を駆使しながらも、同時に目指せるものなのではないだろうか。

 本作では、アーニャの幻想シーンやヨルのアクション部分、そしてロイドのスパイ技術の表現などにおいて、その片鱗がおぼろげながら見えてきているような気がする。今後、『SPY×FAMILY』シリーズがどこまで続いていくのか、映画シリーズが継続されていくのかは未定だが、ことに比較的自由な表現が許容されるだろう映画においては、これらの魅力をより深いところまで追求し、新たな要素をより多く追加する、独自の『SPY×FAMILY』を生み出してほしいのだ。

参照

※ https://news.mynavi.jp/article/20231225-2850033/

■公開情報
『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』
全国公開中
原作・監修・キャラクター原案:遠藤達哉(集英社『少年ジャンプ+』連載)
出演:江口拓也、種﨑敦美、早見沙織、松田健一郎ほか
監督:片桐崇
脚本:大河内一楼
キャラクターデザイン:嶋田和晃
サブキャラクターデザイン:石田可奈
総作画監督:浅野恭司
音楽プロデュース:(K)NoW_NAME
音響監督:はたしょう二
アニメーションアドバイザー:古橋一浩
制作:WIT STUDIO×CloverWorks
配給:東宝
製作:「劇場版 SPY×FAMILY」製作委員会
©2023「劇場版 SPY×FAMILY」製作委員会 ©遠藤達哉/集英社

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる