『その男、凶暴につき』『3-4x10月』『ソナチネ』 北野武監督の見逃せない初期傑作3選

北野武監督の見逃せない初期傑作3選

『ソナチネ』

 北野武監督の最高傑作とも評される『ソナチネ』は、その作家性が最も無駄なく鮮烈に結晶したフィルムだ。唯一無二の存在感を誇る“俳優”ビートたけしとして、『3-4x10月』では破壊衝動と自滅願望の塊のようなヤクザを自ら怪演したが、ここではヤクザ稼業に疲れた組長・村川をニヒルに妙演する。その姿に「お笑いタレントであることに疲れたビートたけし」を多くの人が重ねたことだろう。現在の『君たちはどう生きるか』(2023年)に宮﨑駿監督の自分史的要素を見出だしたくなるような、そういう熱狂的分析をかきたてる気配が公開当時はあった気がする。

 村川は目上の北嶋組組長の命令で、抗争を続ける系列組織の助っ人として、組員を引き連れ沖縄に向かう。だが抗争は激化し、村川の子分も多くの者が命を落とす。それは邪魔者を一気に始末し、シノギを横取りしようとする北嶋組幹部の策略だった。生き残った村川たちは郊外の浜辺に身を隠すが、やがて殺し屋の影が迫ってきて……という複雑な筋立てには、実は数学的思考を得意とする北野監督のプロット構築力がうかがえる。だが、作品の印象はやはり極めてシンプル。しかも、あらすじから想像されるようなヤクザ映画ですらない。

 映画の核となるのは、殺伐とした日常に背を向けた男たちが、風光明媚な沖縄の風景のなかで、子どものように浜遊びに興じる姿。サイレントコメディを思わせるアイデア豊かな映像演出、前作『あの夏、いちばん静かな海。』で格段に上がった詩的なビジュアルセンスも極まっている。

 その穏やかな時間と鮮やかなコントラストをなすのが、これまで以上に突発的な切れ味とリアルな緊張感を増したバイオレンス描写の数々だ。納富貴久男率いるBIG SHOTのガンエフェクト、原口智生と織田尚の特殊メイクも素晴らしく、時代を経てもまったく古びていない。ひたすら即物的な死が訪れるガンアクションは、黒沢清監督や香港のジョニー・トー監督も大いに参考にしたのではないだろうか。なかでも強烈なインパクトを誇るエレベーター内での銃撃戦シーンは、形を変えて韓国映画『新しき世界』(2013年)などにも影響を与えたと思われる。その静と動のコントラストは、先日リバイバル公開されたイ・チャンドン監督の『グリーンフィッシュ』(1997年)にも通じるものを感じる。

 さらに大きな進化を遂げたのが、音楽。『あの夏、いちばん静かな海。』で初めて組んだ作曲家の久石譲は、北野監督のシンプルな語り口を音楽で豊かに彩り、ドラマチックに補完するような関係性を築く。そして『ソナチネ』ではさらに大きな役割を担い、生と死を行き来するドラマに多彩な情感と奥行きをもたらした。『3-4x10月』ではまだ記号的な扱いだった沖縄の地が、主人公にほんの短い時間だけ活力を与える遊び場=楽園=終焉の地としての意味を帯びることからも、久石譲のスコアがもたらした効果は非常に大きかったはずだ。

 北野組常連俳優が定着し始めた作品としても、本作は忘れがたい。撮影中に監督に気に入られ、どんどん出番が増えていったという大杉漣をはじめ、寺島進、勝村政信、渡辺哲、矢島健一といったキャスト陣はいずれもハマり役。監督にとっても理想のキャストに出会えたという手ごたえを強く感じたのか、その後もたびたび出演するメンバーが勢揃いした作品となった。一方、意表を突く役で登場するチャンバラトリオの南方英二、この一作で不動のインパクトを刻みつけたヒロイン役の国舞亜矢も、立派な『ソナチネ』の顔と言える。

 初公開時には興行的に大敗し、その才能を見出した奥山和由プロデューサーとの仕事もこれが最後になってしまったという、曰くつきの作品である。しかし、公開初日に渋谷の映画館に足を運んだ身としては、「当日は満員の盛況で、舞台挨拶に訪れた監督の機嫌もすこぶる良かった」ことだけはハッキリ記しておきたい。映画ファンになりたての中学生にとっては痺れるほどかっこいい映画だったし、いまもその印象は変わっていない。

 初期キタノ・バイオレンス3部作ともいうべき、これらの傑作群をテレビで連続して観られるチャンスは、まさに幸福と言うほかない。この機会に観ておけば、北野映画総決算ともいえる『首』がもっと楽しめるはずだ。

■放送情報
【11.23『首』公開記念 監督・北野武】

『その男、凶暴につき』(1989年)
日本映画専門チャンネルにて放送
11月23日(木)17:30〜
11月28日(火)20:00〜
12月2日(土)9:55〜
12月10日(日)19:10〜
12月25日(月)17:00〜

監督:北野武
脚本:野沢尚
出演:ビートたけし、白竜、川上麻衣子、佐野史郎、石田太郎、平泉成、音無美紀子、岸部 一徳
©1989 松竹株式会社

『3-4x10月』(1990年)
日本映画専門チャンネルにて放送
11月23日(木)19:25〜
11月29日(水)20:00〜
12月9日(土)7:30〜
12月17日(日)9:05〜
12月21日(木)7:30〜
12月25日(月)18:50〜

監督・脚本:北野武
出演:ビートたけし、小野昌彦、石田ゆり子、井口薫仁、飯塚実
©1990 バンダイナムコフィルムワークス/松竹

『ソナチネ』(1993年)
日本映画専門チャンネルにて放送
11月19日(日)21:00〜
11月23日(木)21:15〜
11月30日(木)20:00〜
12月3日(日)17:10〜
12月16日(土)21:40〜
12月25日(月)20:35〜

監督・脚本:北野武
出演:ビートたけし、国舞亜矢、大杉漣、渡辺哲、寺島進、勝村政信、矢島健一
©1993 松竹株式会社

詳細はこちら:https://www.nihon-eiga.com/osusume/kitano-takeshi/

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