『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』“ウェス・アンダーソンらしさ”の不思議な感動
今回の作品においては相変わらず人物を見せるために前後の移動を繰り返すのだが、これまで以上にその奥行きが狭い。左右の移動は大きく3度訪れるが、語りべの転換のタイミングと、あとは時間経過を示すための目的でのみ用いられる。そのなかで(無論、編集によって転換する場面も見受けられるが)、最も柔軟に動きを見せるのは『ムーンライズ・キングダム』以降のウェス作品を手掛けてきたアダム・ストックハウゼンによる美術セットであり、いわゆる“黒子”の存在をあえて映しながら、その変遷過程を見せることによって作品のリズムが構築されていく。
まるで舞台演劇を映像を介して見せられているような(といっても、いまは舞台収録映画ですらもっと映像っぽく見せるというのに)奇妙な光景。そこに注力されてキャメラと人物は定型的な動きしか見せないのかと思ったタイミングで訪れる、頭を包帯でぐるぐる巻きにされたイムダッド・カーンを追いかける病院の廊下の一連。外に出ると待ち構える子どもたちの書き割りの背景が左右にはけていき、自転車を中心とした実存へとシフトし、両手を上げて手前に向かって動いてくるカーンと左に逃げるカメラ。すると右へ戻ったカメラがデヴ・パテルとリチャード・アイオアディに近付く。ここに完璧な“ウェスらしさ”と相対する人間くささがあり、パターン化された空間を脱するという不思議な感動を生むのである。
さて、この『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』を皮切りに、Netflixでは4日連続でウェスによるダール原作の短編映画が立て続けに配信されていくわけだが、2本目の『白鳥』がまた『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』を上回る完成度である。より巧妙な語りべの移行、原作に忠実でありながら器用に削ぎ落とした脚色。同じく舞台的でありつつも奥行きのある画面と、線路上で横たわったルパート・フレンドの上を駆け抜ける風。3本目の『ねずみ捕りの男』も人物の対話に切り返しとパントマイムが小気味よく機能し、9月30日に配信がスタートする4本目の『毒』にも期待感が高まる。いっそこのまま、ダール作品を次々と映像化して、『動物と話のできる少年』を“ウェスらしさ”全開で描き切ってもらいたいものだ。
■配信情報
『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』
Netflixにて独占配信中
監督・脚本:ウェス・アンダーソン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、レイフ・ファインズ、ベン・キングズレー、デヴ・パテル、リチャード・アイオアディ
プロデューサー:ウェス・アンダーソン、スティーヴン・レイルズ、ジェレミー・ドーソン