ハン・ジミンの傑出した“共感力” 『ヒップタッチの女王』で優しさとユーモアセンスが光る

ハン・ジミン、『ヒップタッチ』で光る共感力

 『庭のある家』や『マスクガール』など、この夏も女性を主体にした韓国ドラマの秀作が相次いだ。そんな中、ストレンジかつキュートな快作が注目を集めている。Netflixで独占配信中の『ヒップタッチの女王』だ。

 イェブン(ハン・ジミン)はソウルで獣医師免許を取得し、故郷である韓国の地方都市ムジンで祖父の動物病院を継ぐ。ある夜、牛の往診中に落ちてきた流れ星にぶつかったイェブンは、その後突如としてスーパーパワーの持ち主に。あらゆる動物や人間のお尻に触れた途端、彼らや彼女らが目にした過去を瞬時に透視できるサイコメトリー能力がそなわったのだった。

『ヒップタッチの女王』(写真はJTBC公式サイトより)

 そんな折、熱血刑事ジャンヨル(イ・ミンギ)が赴任してくる。彼はソウルの広域捜査隊として活躍していたが、捜査中に失態を犯して左遷。重要事件は牛の脱走というのどかさにうんざりし、早くソウルへ戻るため手柄を挙げようと躍起になっていた。ひょんなことからイェブンと知り合い、サイコメトリー能力を知ったジャンヨルは、その力を利用しようと持ちかけ、凸凹コンビによる奇妙な共同捜査がスタートする。同じ頃、巷では血なまぐさい連続殺人事件が発生していた。

 コメディドラマとしてスタートする本作は、とにかく笑いの応酬と濃いキャラクターがつるべ打ちに登場するが、テンポの良さと俳優の名演のおかげでだらけるところがない。ムジン警察署強力班長ジョンムク(キム・ヒウォン)と、イェブンの叔母ヒョノク(パク・ソンヨン)、30年の因縁を持つ訳ありな元カップルが繰り出す人気ドラマのパロディシーンもじわじわと面白い。インチキ臭い霊媒師ジョンベ(パク・ヒョックォン)や、イェブンの親友で不良キャラのオッキ(チュ・ミンギョン)も良い味を出している。こうして笑いをちりばめながらしながら徐々にサスペンスを展開させ、ヒューマンドラマの顔も随所に垣間見せるなど多様なジャンルを横断する。それでいながら構成が破綻しないバランスの良さで、視聴者を飽きさせないのだ。

『ヒップタッチの女王』(写真はJTBC公式サイトより)

 そして何よりも、このドラマをチャーミングにしているのはハン・ジミンという俳優の魅力だ。くるくる変わる豊かな表情にただただ頬がゆるんでしまうし、確かな演技力は安定してドラマを牽引する。

 融通の利かないジョンムクとは、出逢ったときから犬猿の仲だ。イェブンは偶然彼のお尻に触れてしまったことで「変態野郎!」と罵られ、一本背負いされたりと散々だ(しかも劇中では、何度もこうして投げ飛ばされる)。彼女の能力を理解した途端、ソウルに凱旋復帰するため、サイコメトリー能力を利用しようとする。ジョンムクに弱みを握られているイェブンは、カササギの雛に触るため嫌々ながら電柱に登らされたり、悲鳴を上げながらも何匹もの蛇のお尻を触らせられるなど、規格外なヒロイン扱いを受けている。

 改めて感じるのは、ハン・ジミンのコメディエンヌとしての才能だ。コメディ演技には、演じている本人が「くだらない」と思っているとそれが透けて見えてしまう。ハン・ジミンが真面目に、拍子抜けしてしまうようなギャグに取り組むからこそ、視聴者は腹を抱えて楽しめるのではないか。

 『猟奇的な彼女』で、破天荒ながら愛されるヒロインを生み出したクァク・ジェヨン監督は、最新作の群像劇『ハッピーニューイヤー』で、恋愛に奥手な敏腕ホテルマネージャー役にハン・ジミンをキャスティングした。その理由について監督は「ハン・ジミンさんは普段から仕事も自己管理もしっかりしている。これまで一度もスキャンダルが出たこともない。反面、“恋愛に対して苦手意識があるのではないか”と想像した」と明かした(※2)。実際、ハン・ジミンも「過去の恋愛で切ない片思いも経験した」と語っており(※3)、演技ににじみ出る真面目さは持ち前の性格でもあるのだろう。

 韓国では「他者の身体を触る」という設定がセクハラを想起させたため論議が巻き起こったが、キム・ソクユンプロデューサーが「前後の文脈がとても重要。放送を観れば懸念は解消されるはずだ」と説明した通り、ふたを開けてみれば不快感はなかった。おそらくその要因の一つには、イェブンを演じたハン・ジミンにそなわっている人間的な純真さがあるに違いない。

『ヒップタッチの女王』(写真はJTBC公式サイトより)

 お尻に触ると過去が分かるという超能力のおかげで、イェブンは「動物の気持ちが分かる凄腕獣医」と評判になる。彼女はこのようにして、相手の心を瞬時に理解するスーパーパワーを手に入れたかに見えるが、そもそも、言葉で自分のことを訴えられない動物の傷や病気をみつけ出す獣医というのは共感力が非常に重要な職業だ。喫茶店の「タバンアガシ」(コーヒーの配達をする若い女性を指す)失踪事件の捜査中、彼女たちの窮状を聞いて本人たちよりも号泣するイェブンには、元来そうした素質が備わっているようだ。そして興味深いことに、サイコメトリー能力はすべてを解決してくれるわけではないのだ。

 イェブンは恋焦がれるソヌ(スホ)の本心を知ることはできず、自分のもどかしい気持ちも上手く伝えられない。大体、流れ星に当たって超能力を得たなど誰もが信じてくれるわけもない。ジョンムクに対してイェブンが「どうして分かってくれないの!」と泣きじゃくる姿は、どこか切実で笑い飛ばすわけにはいかないような気持ちになる。

 たとえ超能力で過去が見えたとしても、相手の辛さや悲しみを真の意味で理解することはできるのかという、現代社会ならではの問いが『ヒップタッチの女王』には通底している。本作の公式サイトに書かれている企画意図には、「現代社会ではSNSなどで誰もが簡単に意思疎通を図れるものの、“ヒューマンコミュニケーション”は断絶している」と指摘されている。そして、「重要なのは超能力があるかないかではなく、その人を知りたいと思う気持ちがあるかどうか」と書かれているように、『ヒップタッチの女王』は人間の相互理解の困難さと、それでもつながり合うことは可能だということを描いている。(※1)相手を理解しよう、共感しようと奮闘するイェブンは、コミュニケーションエラーに沈む現代社会を救うニューヒロインなのではないか。

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