劇場版『美少女戦士セーラームーンCosmos』が到達した、“暴力の連鎖”という深刻なテーマ

 そういったさまざまな反応が影響したのか、『Crystal』に続く劇場版『美少女戦士セーラームーンEternal』前後編(2021年)からは、なんとキャラクターデザインに、旧シリーズで作画監督とキャラクターデザインを務めていた只野和子を起用。一部で旧シリーズに回帰するという措置をおこなうこととなった。

 最終章となる「シャドウ・ギャラクティカ編」を題材とした本作ではさらに、旧シリーズの主題歌「ムーンライト伝説」(『美少女戦士セーラームーン』)、「セーラースターソング」(『美少女戦士セーラームーンセーラースターズ』)を使用することで、旧シリーズとのリンクを強固なものとしている。これらの趣向により、筆者は旧シリーズの映画版を観ているような錯覚を味わったほどだ。

 とはいえ、絵柄を完全に旧シリーズに戻したというわけでなく、原作の物語にできるだけ忠実にという取り決めも依然として守られているため、『Crystal』に続く4つの映画作品は、新と旧が部分的に折衷されたものになったといえるだろう。これはおそらく、旧シリーズのファンだった親世代と、新シリーズで『セーラームーン』を知った子どもの観客を併せてターゲットとする狙いがあるものと考えられる。なので本作は、旧シリーズファンも楽しめる部分がある、ある意味変則的な内容に仕上がっているといえるのだ。

 セーラームーンこと、主人公・月野うさぎの目の前で、恋人の地場衛が消失するというショッキングな事件から、本作の前編は幕を開ける。また同じ頃、うさぎたちの通う高校に、人気絶頂のアイドルグループ「スリーライツ」の3人組が揃って転校してきて、校内がなかばパニックになるといった状況も描かれる。

 衛だけでなく、うさぎとともに戦うセーラー戦士たちもまた、次々に敵の陥穽に陥り、うさぎの目の前から姿を消していくのが、「シャドウ・ギャラクティカ編」のシリアスな展開である。後編は、さらなる陰惨な戦いへとなだれ込んでいくため、前編のスリーライツが起こすわちゃわちゃした騒動は、本編中で楽しくエンジョイできる貴重な箇所となっている。

 スリーライツの3人の正体は、「スターライツ」と呼ばれる強力なセーラー戦士であり、セーラームーンは3人とともに共通の敵である、セーラーギャラクシアが率いる組織「シャドウ・ギャラクティカ」との熾烈な戦いを続けていく。そして後編、セーラームーンは、敵味方が倒れていくなかで孤立し、セーラーギャラクシアと対峙することとなるのだった。

 後編で驚かされるのは、とにかく内容の陰惨さに尽きるだろう。戦いを繰り返しながら進んでいかざるを得ないセーラームーンは、そんな殺伐とした戦いの元凶だとすら指摘されることになる。セーラームーン自身は正義のために戦っていると思っているが、敵を倒せば倒すほど憎しみの連鎖が生まれ、余計に戦いは続いていくというのだ。

 それでもセーラームーンは、自分の行動を「戦いを終わらせるための戦い」だとして、強大なパワーを発揮しようとする。しかし、この考えはやはり間違っていることも示唆されることになる。「戦いを終わらせるための戦い」とは、これまで現実の多くの国家が戦争を始めるときに利用してきた言葉なのだ。そんな人類の歴史の愚を、セーラームーンもまた犯してしまいそうになるのである。女の子たちの戦いを描いてきたセーラームーンは、エンパワメントを通り越して、ついにここで“暴力の連鎖”という、現実にも横たわる深刻なテーマへと到達するのである。

 これが画期的なのは、バトルが描かれる漫画、アニメ作品の一定数が、自分たちの世界が何者かに侵略、または内部から脅かされ、それを撃退するという内容に収まっているからだ。この背景にあるのは、自国の体制や日々の暮らしが脅かされるという危機意識であり、外敵に対する恐怖だと考えられる。だがそのような感覚は、本作でより強大になっていく戦いの連鎖が示唆しているように、最終的に戦争に向かいかねず、犠牲者を増やすことに繋がりかねない。つまり戦いの本質とは、究極的には自らの破壊に帰結するのではないかということだ。

 うさぎの恋人や仲間が次々に消えていき、愛情や友情の力を機能させずに、うさぎ一人に事態を打開させようとする構図を選んでいるというのは、“友情”や“愛情”というポジティブな感情が、ともすればそれを守るために暴力を行使する理由になり得てしまうことに、作者が気づいたからなのではないだろうか。ここで機能するのは、むしろ戦いからは遠い、他者に対する思いやりの心である。

 本作は、“暴力の連鎖”という大き過ぎるテーマに対し、唯一の明確な答えを出すことはない。そしてその問題は、人類共通の課題として、次の世代……つまりは本作を観る者に期待を込めて委ねるという結論に達することとなる。消化不良のようではあるが、一大ブームを起こし、世界の子どもたちに夢を与えたシリーズとして、また作品のなかで暴力を描いてきた作者の矜持として、解決の道を後続へと受け継がせようという選択は、表面的なきれいごとで済ませてしまうよりは理性的で真摯な態度だと思える。

 本作が旧シリーズと異なる点は、そこに至るまでの陰惨な暴力のイメージや、荒涼とした世界を、よりいびつなバランスで見せているというところである。しかし、だからこそ作者が本来挑戦したかったテーマが、より強固なかたちで浮き上がってくる内容となったともいえるのではないか。

 そして、この本作におけるテーマ性への強い収斂というのは、旧シリーズのフィナーレで何を表現したかったのかを理解する補助線ともなるように感じられる。その意味で本作は、旧シリーズと新シリーズの共通のフィナーレになり得るものだと解釈することができるのである。

■公開情報
劇場版『美少女戦士セーラームーン Cosmos』前編
劇場版『美少女戦士セーラームーン Cosmos』後編
全国公開中
出演:三石琴乃、野島健児、福圓美里、金元寿子、佐藤利奈、小清水亜美、伊藤静、皆川純子、大原さやか、前田愛、藤井ゆきよ、水樹奈々、井上麻里奈、早見沙織、佐倉綾音、林原めぐみ
原作・総監修:武内直子
監督:髙橋知也
脚本:筆安一幸
キャラクターデザイン:只野和子
音楽:高梨康治
美術監督:空閑由美子(スタジオじゃっく)
アニメーション制作:東映アニメーション、スタジオディーン
配給:東映
©武内直子・PNP/劇場版「美少女戦士セーラームーン Cosmos」製作委員会
公式サイト:2023.sailormoon-movie.jp
公式Twitter:@sailor_movie

関連記事