北米No.1『ザ・フラッシュ』が強いられた苦しい宣伝戦略 “最高傑作”の前評判が裏目に?

『ザ・フラッシュ』大絶賛の前評判が裏目に

 6月19日は、1865年にテキサス州で奴隷解放宣言が発令されたことを記念する祝日「ジューンティーンス」。これは2021年に制定された新たな祝日であり、映画館がこの祝日に興行をきちんと後押しするのは、おそらく今年がコロナ禍以降初めてとなる。

 そんな6月16日~18日の北米週末興行収入ランキングは、日米同時公開となったDC映画最新作『ザ・フラッシュ』がNo.1に輝いた。しかしこの作品は、史上稀に見る宣伝戦略を取らざるをえず、また苦戦を余儀なくされたハリウッド大作と言える。3日間の興行成績は5510万ドルで、事前に予測された7000~7500万ドルを大きく下回ったのだ(4日間の成績は6400万ドルとみられている)。

 本作は『ジャスティス・リーグ』(2017年)などに登場した地上最速のヒーロー、フラッシュ/バリー・アレンの単独映画。マイケル・キートンがバットマン役をおよそ30年ぶりに再演し、スーパーガールがDC映画ユニバースに初登場する話題作であり、マルチバースを股にかけた、DCユニバースの転換点となる最重要作といわれてきた。

 ところが『ザ・フラッシュ』は、海外78市場(日本含む)でも3日間で7500万ドルという渋めのスタート。こちらも8500~9500万ドルという予想額に届かなかった。4日間を終えた時点での世界累計興収は1億3900万ドルとなる見込みだが、すなわち北米・海外とも、ドウェイン・ジョンソン主演『ブラックアダム』(2022年)の初動成績に及ばなかったことになる。

 『ブラックアダム』は再撮影の実施などにより、製作費が2億6000万ドルほどに膨れ上がったため、世界興収が4億ドル近くに達したもののコスト回収は叶わなかった。『ザ・フラッシュ』も製作費は2億ドルとあって、黒字化の道は相当厳しいものとなりそうだ。

 もともと『ザ・フラッシュ』は、早くから「スーパーヒーロー映画史上最高傑作」と謳われていたほど評価の高い一作だった。テスト試写では『ダークナイト』(2008年)をしのぐ成績を打ち立てたといわれていたほか、ジェームズ・ガンやトム・クルーズ、スティーヴン・キングらが賛辞を送ってきたのである。

 そんな本作がかくも厳しいスタートを切った理由は、やはり主演エズラ・ミラーの不祥事にあるというほかない。ミラーは2022年に強盗の疑いなどで逮捕され、裁判を経て、2023年1月に罰金500ドルと1年間の保護観察処分という判決を下された。本作のプレミアイベントに登場したミラーだが、まだ保護観察期間の最中なのだ。

 もっとも今回の問題は、不祥事ゆえに俳優や作品のイメージが悪化したことではなく、不祥事のために従来のプロモーションが実施できなくなったことにある。主演であるミラーは事前のプロモーションに一切参加しておらず、ミラーに関する質問を避けるためだろう、共演者であるマイケル・キートンやサッシャ・カジェも公の媒体にほとんど登場しなかった。その代わりに、監督のアンディ・ムスキエティとプロデューサーのバルバラ・ムスキエティがメディアやジャーナリストの質問を受けたのだ。

 ワーナー・ブラザースは、企業タイアップもほとんど行えなかった分、TVスポットの大量投下に注力。北米ではTVスポット放送のために3130万ドルを費やしたといわれており、これは『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の約3倍にあたる。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』や『トランスフォーマー/ビースト覚醒』の金額も上回っており、その分多くの視聴者の目に触れたことは確かだろう。

 そして、もうひとつの戦略が“口コミ作戦”である。従来のプロモーションに頼れない代わりに、ワーナーは早くから本作のテスト試写を大量に実施。業界人やジャーナリストに作品の評価を広げてもらうだけでなく、一般観客向けの試写会も世界中で開催した。その結果、DC映画やスーパーヒーロー映画の歴史に残る一作との前評判を確立。おまけに試写会で上映されたのは、ラストシーンの一部などを削除した未完成版だったのだ。熱心なDCファンを試写に呼び、情報の拡散を求めつつ、彼らにも完成版を観るため映画館へ足を運んでもらおうという周到な計画だ。

 しかし、ある一面ではこの作戦が裏目に出た。前評判が高まりに高まったにもかかわらず、公開直前にはRotten Tomatoesで批評家スコア67%という、とても「傑作」とは言いがたい数字が出てしまったのだ。また、観客の出口調査に基づくCinemaScoreも「B」評価にとどまった。宣伝・広報の思惑に敏感なSNS時代の観客たちに、当初の評判が誇大だったという印象があらかじめ広がってしまったことは否定しようもない。

 さらにミラーの不祥事とは関係なく、DC映画の前作『シャザム!~神々の怒り~』と同様、興行の足を引っ張ったと考えられるのがDCユニバース再編計画だ。ジェームズ・ガン&ピーター・サフラン率いるDCスタジオによる全体構想の一新を控えた今、ミラー演じるフラッシュの今後は未定。いくらワーナー/DCが『ザ・フラッシュ』をユニバースの転換点として強調したところで、本作の内容がどこまで残るかもわからない。このことが、熱心なファンの興味を事前に削いでしまった可能性はある。

『マイ・エレメント』©2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

 『ザ・フラッシュ』のほか、今週はディズニー&ピクサー最新作『マイ・エレメント』も第2位で初登場。しかし、本作も3日間で2950万ドル(4日間で3330万ドル)を記録し、『トイ・ストーリー』(1995年)を除いてピクサー史上最低のオープニング成績となった。『トイ・ストーリー』はこれぞ映画史に名を残すピクサーの第1回作品だから、もはや本作と単純に比較すべきではないだろう。

 『アーロと少年』(2015年)のピーター・ソーン監督による本作は、火・水・土・風の四元素(エレメント)が共存する都市エレメント・シティで、情熱的で家族思いな“火の少女”エンバーと、心優しく涙もろい“水の青年”ウェイドが出会い、思わぬ化学反応を起こしてゆく物語。製作費は1億ドルと報じられている。

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