『王様に捧ぐ薬指』東郷と静らそれぞれの“親子愛” 松嶋菜々子のラスボス感が滲み出る
夫の愛人が産んだ子に「私はあなたの母親よ」と唇を震わせながら微笑みかけ、自分が産んだ子には「私はもうあなたの母親にはなれないんです」と涙を流しつつ拒絶する。そのねじれた親子関係は、彼女の心を歪ませるのに十分だったのかもしれない。
火曜ドラマ『王様に捧ぐ薬指』(TBS系)第8話は、東郷(山田涼介)と母・静(松嶋菜々子)の、ひいては綾華(橋本環奈)と両親、神山(坂東龍汰)とその父、それぞれの親子の愛が見えた回だった。
同窓会の夜、酔った綾華を神山が家に送り届けるふりをしてホテルに連れ込んだのは、すべて静の計画だった。そもそも神山に綾華を近づけさせたのも静の策略。神山の父親が営んでいた工場が経営難に陥っているのを知り、その資金援助をする代わりに出された条件が、東郷と綾華を引き裂くことだった。
そもそも綾華は、東郷が親の敷いたレールからはみ出るために結婚した相手。いわば親への反抗の証だと思うと、たしかに静にとって面白くない相手だったことだろう。とはいえ、表向きには反対する素振りを見せず、むしろ綾華を新田家にふさわしい女性に育てていこうという優しささえ感じられた。にもかかわらず、陰では神山を使って自分の思い通りに事を進めようとしていた。そこが東郷曰く「残酷な人」と言わずにはいられないところだろう。
なぜ、そこまで回りくどい方法を取って、東郷と綾華の結婚生活を脅かそうとするのか。その理由は、まだはっきりとは語られていない。だが、彼女が歩んできた人生を振り返ると、少しだけその心境が見えてくるような気がした。
名家の一人娘として生まれた静は、その跡取り娘として厳しく育てられたという。結婚相手も自分では選べないという環境は、東郷とリンクするところ。しかし、静には密かに愛する男性との間に子どもが生まれていた。そして家を捨てることができなかった静は、その子を男性に託して、自分は決められた人生を歩むことになったというのだ。
そして、そのとき生き別れた息子が、東郷に代わって「ラ・ブランシュ」の新社長に任命された元・箱根店の支配人の新(北村匠海)。新は、静に「母さん」と呼びかけるも「あなたは私の息子じゃありません」と冷たく拒まれてしまう。その姿に、かつての綾華を見ているような気持ちにもなった。
新は、父親から静がどうして自分を手放したのかを聞いていた。それは、静と暮せばのびのびと自由に生きることは不可能になるから。自分と関わることで人が傷ついていく。そんなことになるのであれば、悪役になってでもその人との関係を避けていくしかない。その思考回路は、まるで東郷と出会う前の綾華とそっくりではないか。
東郷が辛いと感じていた自由のない環境と、綾華が苦しんできた人との距離感。その両方を経験してきた静であれば本来、2人にとって最高の理解者にもなれたはず。なのに、実際は自分自身が強いられた“愛し合う人と結ばれるよりも家のために生きなければならない”という呪いを押しつける側になってしまっているのが痛々しい。