役所広司が男優賞、坂元裕二が脚本賞を受賞 第76回カンヌ国際映画祭の受賞結果を総括

第76回カンヌ国際映画祭の受賞結果を総括

 フランス現地時間5月27日夜、第76回カンヌ国際映画祭の授賞式とクロージングセレモニーが行われ、10日間に及ぶ映画の祭典が幕を閉じた。今年はコンペティション部門に巨匠たちの新作がずらりと並び、日本での注目度が高い作品も多く、映画祭の模様や賞の行方を楽しみに見守った人も多いだろう。そんななか日本勢の活躍も目立ち、各所でお祝いムードとなっている。

 ここでは、今年のカンヌ映画祭で特に日本から注目を集めた話題を中心に、各賞の行方をおさらいしていこう。

パルムドールはジュスティーヌ・トリエ監督『Anatomy of a Fall(英題)』

 各国を代表する名監督たちの作品が数多く出品された今年のコンペティション部門。もはや誰がパルムドールを手にしてもおかしくない接戦のなか、見事最高賞に輝いたのは、フランスのジュスティーヌ・トリエ監督だ。受賞作『Anatomy of a Fall(英題)』は、不審死を遂げた夫の殺害容疑をかけられた女性サンドラの裁判の行方を、視覚障害を持つ彼女の息子の視点を通して描くスリラー。法廷で無罪を証明しようとするサンドラだが、裁判では夫婦の緊張感のある関係性や、彼女の曖昧な性格が明らかになっていく。各国の映画批評家らの評価をまとめたScreen Internationalの星取表でも、最高4点中3点をマークする好評ぶりだった。なお、トリエは今回の受賞で『ピアノ・レッスン』(1993年)のジェーン・カンピオン、『TITANE/チタン』(2022年)のジュリア・デュクルノーにつづき、パルムドールを手にした史上3人目の女性監督となった。

ジュスティーヌ・トリエ監督(写真提供:ALBUM/アフロ)

 次点にあたるグランプリを獲得したのは、イギリスのジョナサン・グレイザー監督による『The Zone of Interest(原題)』。マーティン・エイミスの同名小説を原作に、アウシュヴィッツ収容所の所長とその家族を描く。殺戮が繰り広げられる塀の中と、そのすぐそばで穏やかに暮らす家族のコントラスト。直接的な描写はないにもかかわらず、ホロコーストの恐ろしさを伝える今までにない作品と評されている。

 星取表で3.2と群を抜いて高評価だったアキ・カウリスマキ監督の『Fallen Leaves(英題)』は、審査員賞を獲得。彼が引退を撤回してメガホンを取った本作は、プロレタリアート3部作の続編とされ、非正規雇用の建設業に従事するアルコール依存症の中年男性と、スーパーマーケットで働く女性が出会い、困難を乗り越えて関係を築いていく様子を描く。

役所広司が男優賞を獲得! 坂元裕二は『怪物』で脚本賞を受賞

 日本勢も負けてはいない。東京・渋谷を舞台としたヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS(原題)』で、主演の役所広司が最優秀男優賞を受賞。日本人としては、2004年に『誰も知らない』で柳楽優弥が受賞して以来、19年ぶり2人目の快挙だ。役所は授賞式後の取材で、「やっと柳楽くんに追いついたかな」とユーモアを交えつつ、「この賞に恥じないように頑張んなきゃな、とは改めて思います」と今後の抱負を語った。彼が演じたのは、トイレの清掃員・平山。質素な生活の中にも楽しみを見出す無口な男を、少ない台詞で繊細に表現したことが評価された。日本での公開は未定だが、今回の受賞を受けて公開が決まることを期待したい。

(左から)柳井康治、役所広司、ヴィム・ヴェンダース、ドナータ・ヴェンダース、高崎卓馬 ©︎Kazuko Wakayama

 また、日本から最も注目が集まった是枝裕和監督の『怪物』は、坂元裕二が脚本賞を受賞。カンヌでの日本人の脚本賞受賞は、2021年の『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介と大江崇允以来、2年ぶり2度目だ。授賞式で、一足先に帰国していた坂元に代わり賞を受け取った是枝監督は、「坂元さんにすぐ報告します」と語ったうえで、「脚本に描かれた2人の少年をどのように映像化するのか、2人を受け入れない世界の側にいる大人の1人として、自分自身が少年の目に見返される存在としてしか、この作品に関わる誠実なスタンスを見つけられませんでした」と、脚本が問いかける問題を自分自身に引き寄せながら製作にあたったとコメントしている。一方、受賞の報告を受けた坂元は、「夢かと思った。たった1人の孤独な人のために書きました。それが評価されて感無量です」と語ったという。

『怪物』のクィアパルム受賞はネタバレ?

 『怪物』は独立賞であるクィアパルムを日本映画として初めて受賞した。クィアパルムは、2010年に設立されたLGBTやクィアを題材とした作品に贈られる賞だ。この部門の審査委員長であるジョン・キャメロン・ミッチェルは本作が満場一致で選ばれたことを明かし、「世間の期待に適合できない2人の少年が織りなす、この美しく構成された物語は、クィアの人々、なじむことができない人々、あるいは世界に拒まれているすべての人々に力強い慰めを与え、そしてこの映画は命を救うことになるでしょう」と絶賛している。これを受けて是枝監督は感謝を述べた後、「お話してくださった映画の紹介のなかに、この映画を通して僕が描きたかったことが全て語られていて、ここで僕がなにか言葉を重ねることはなにも必要ない気がしています」と語った。

(左から)是枝裕和、坂元裕二 ©2023「怪物」製作委員会

 受賞自体は喜ぶべきことなのだが、この件を巡って日本ではちょっとした騒ぎが起きている。というのも、日本での本作のプロモーションでは、セクシャルマイノリティを扱っていることが伏せられていたからだ。今回クィアパルムを受賞したことでそれが明らかになり、「ネタバレではないか」という意見があがっている。しかし、もし本作が登場人物のセクシャリティをストーリー上の“サプライズ”として設定しているのであれば、それはあまりにも異性愛中心主義的ではないだろうか。現実の世界では、セクシャルマイノリティが存在することは、とくに驚くようなことではない。またセクシャルマイノリティが登場することを伏せるのは、「セクシャルマイノリティであることは、隠すべきこと」というメッセージと捉えられてしまう可能性もあるのではないだろうか。実際日本では、まだそういった風潮があることは否定できないのだが、多くの人の目に触れる大作映画が、こうした状況を温存させるような態度をとるのは、いかがなものなのだろう。

 また気になるのは、是枝監督が上映後の記者会見で本作について「LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤と捉えた」としていることだ。作り手が「LGBTQに特化した作品ではない」としている作品が、「LGBTQを題材とした映画に贈られる賞」に選ばれるのは、なんだか居心地が悪くないだろうか。日本でのプロモーションで、セクシャルマイノリティが描かれていることが伏せられていたのは、本作が「LGBTQに特化した作品ではない」からなのか、それともストーリー上の重要なネタバレだからなのか。どちらにしても、あまりすんなりと受け入れられないと感じる。物語の展開として、それ以上の仕掛けがあることを期待したい。

 振り返ってみれば、日本勢がコンペティション部門で2冠を達成し、日本映画が初めてクィアパルムを受賞した今年のカンヌ国際映画祭。なんだか微妙な空気になってしまったところもあるが、素晴らしい成績を残したことには違いない。また、史上3人目の女性パルムドール受賞監督が誕生するなど、映画業界全体が進歩していると感じられる結果もあった。今は各賞の受賞作の多くが日本での公開が未定となっているが、今後どの作品が日本で公開されるのか、楽しみに待ちたい。

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