『最後まで行く』は“地獄のトムとジェリー” 岡田准一&綾野剛の体術を武道家が評する
今回、岡田師範の代わりに戦闘力高め設定なのが、綾野剛演じる矢崎である。警視庁のエリート監察官であり、冷静沈着な男。だが実は、彼にも裏の顔があり……。
本来冷静で落ち着いているのだが、キレる際の瞬発力が尋常ではない。そして彼の主武器は、“襟掴みパンチ”の連打である。単なるケンカ・パンチのようでいて、この戦法は大変合理的だ。本来、動く人間の頭部に的確にパンチを当てることは、想像以上に難しい。相手が防御に専心した場合は、なおさらだ。そこでの、“襟掴みパンチ”である。襟を掴んで頭部を固定した状態で、殴る。殴り続ける。この技術は裸体で行う格闘技で見ることはないため、馴染みが薄いかもしれない。だが、筆者が嗜む空道やコンバット・サンボなどのいわゆる“着衣総合格闘技”というジャンルでは、ベーシックな技術である。
矢崎のこの“襟掴みパンチ”連打のスピードと勢いがまた恐ろしく、狂気とともに加速していく。そしておそらく、その連打は“相手が死ぬまで止まらない”。交換条件があるために工藤のことは殺さなかったが、“ある人物”に関しては、おそらく殺している。
綾野剛史上、最強で最狂の綾野剛だった。
藤井道人監督作品は、「抑圧された主人公が、坂を転がるように不幸になっていく」というパターンが多い。そういった種類の映画は往々にして後味が悪く、「二度と観たくない」となることが多い。だが、藤井作品は真逆である。結末もアンハッピーエンドであることが多いが、鑑賞後の心境は爽やかである。「もう一度観たい」とすら思ってしまう。主人公の笑顔で終わる作品が多いからだ。
『デイアンドナイト』(2019年)での、自らの“正義”に基づいた行動の果てに収監された阿部進之介の、ふっきれた笑顔。『ヤクザと家族 The Family』(2021年)での、親友に刺殺されて海に沈んでいく綾野剛の、ようやく地獄から解放され、胎児に還っていくかのような安堵の笑顔。『ヴィレッジ』(2023年)での、やっとやっと幸せになれるかと思っていたのに……な横浜流星の、諦念のような自己憐憫のような複雑な笑顔。
今作『最後まで行く』での岡田准一と綾野剛は、ラストで笑うのか。笑うとしたら、どの種類の笑顔なのか。それは、劇場に行き、自らの目で確認してほしい。この“地獄のトムとジェリー”とも言える、奇跡の映画を体感してほしい。少しだけ寿命が縮むかもしれないが、その価値はある。
■公開情報
『最後まで行く』
全国公開中
出演:岡田准一、綾野剛、広末涼子、磯村勇斗、駿河太郎、山中崇、黒羽麻璃央、駒木根隆介、山田真歩、清水くるみ、杉本哲太、柄本明
監督:藤井道人
脚本:平田研也、藤井道人
製作幹事:日活・WOWOW
制作プロダクション:ROBOT
配給:東宝
©2023映画「最後まで行く」製作委員会
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