『ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと』グザヴィエ・ドランが“恐怖”で描いた抑圧的な社会
それを探るためには、登場人物たちが何を「恐れて」いるのかというところに注目する必要がある。家族の「秘密」が露見することへの恐れはあるだろう。だが彼らはなぜそれを必死に隠しておきたいのだろうか。その背後に目を向けると、そこには「あるべき姿」から外れたものを許さない、閉塞的な社会の存在が現れてくる。
第2話の前半、長女・ミレイユ(ジュリー・ルブレトン/ジャスミン・ルメー)へ向けられる視線を描いたシーンは象徴的だ。彼女は過去のある「事件」のため、地元を離れ長らく都会で働いていた。だがいくら時間が経っても人々は彼女のことを忘れてはおらず、むしろ久しぶりに帰ってきた理由はなんなのかと、あることないこと噂されてしまう。「相変わらずふしだら」「母親の遺産目当て」。そんな言葉が飛び交うカフェに入ってきてしまったミレイユは、無遠慮な視線に耐えられず、逃げるようにその場を去る。
一見穏やかに見える、安定した社会。だがその水面下ではゲイに対するヘイトクライムが起きており、住民同士がお互いの生活を絶え間なく監視している。ホモフォビアやセクシズム、薬物やアルコール依存が蔓延しているのにもかかわらず、それらがコミュニティの「日常」を揺るがすことはない。そのような表面上のみ「健全」な社会は、様々な人間の存在を黙殺し、抑圧することになるだろう。登場人物たちの恐怖の淵源は、ここにある。彼らが本当に恐れているのは、なんらかの理由で自身の属する世界から異質なものとみなされ、排除されることなのだ。
ドラン監督は、周囲から異端とみられ苦しみながらも、力強く生き抜く人々を常に描いてきた。同時に彼はそのテーマを幅広い手法・形式を用いて表現してきた、テクニカルなタイプの作家でもある。恐怖という新しい角度から抑圧的な社会とそこに生きる人々を描き出したのは、その意味ではとても彼らしい挑戦だったといえるだろう。
また、明確にホラー的なアプローチをとるのは初めてとはいえ、いままでの作品から引き継がれている要素も多いと指摘しておきたい。親密な者同士のディスコミュニケーションを大胆なクローズアップを多用し描く会話シーンには『たかが世界の終わり』の演出を見出すことができるし、郊外と都会という2つの空間の対比には『トム・アット・ザ・ファーム』を想起させるものがある。
つまり『ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと』は、ドラン監督にとって新機軸であると同時に、その作品世界の集大成でもあるのだ。この大作を仕上げたあとの彼が、どのような方向へと向かっていくのか、いまから楽しみでしかたない。グザヴィエ・ドランの到達地点を、ぜひ見届けてほしい。
■配信・放送情報
海外ドラマ『ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと』字幕版(全5話)
Amazon Prime Video「スターチャンネルEX」にて配信中
※4月30日まで第1話無料配信中
BS10 スターチャンネルにて、5月1日(月)23:00より全5話一挙放送
監督・脚本・製作・出演:グザヴィエ・ドラン
音楽:ハンス・ジマー、デヴィッド・フレミング
出演:ジュリー・ルブレトン、パトリック・イヴォン、アンヌ・ドルヴァル、エリック・ブルノー、マガリ・レピーヌ・ブロンドー、ジブリル・ゾンガほか
©Fred Gervais
公式サイト:https://www.star-ch.jp/drama/lauriergaudreault