日本アニメーションに到来した“作家の時代” 2022年を振り返るアニメ評論家座談会

劇場版クオリティに肉薄するTVアニメシリーズ

ーーここまでの話で、アニメ映画に「作家の時代」が訪れてきていることは理解できました。一方で、TVシリーズのアニメでも劇場版に肉薄するようなクオリティの作品が多くなってきている印象があります。例えば『PUI PUI モルカー』のストップモーションアニメも話題になりましたし、Netflixの『サイバーパンク エッジランナーズ』や『メイドインアビス 烈日の黄金郷』、『チェンソーマン』など意欲的な作品が多く制作されました。こうしたTVシリーズが劇場版に寄ってきている今の流れについてはどう見ていますか?

杉本:シンプルに、配信の影響で予算が増えていますよね。お金のかかり方が明らかに10年前とは違います。配信はフラットに長編とシリーズをプラットフォーム上で並べられるので、その中で競争をします。その競争に勝つための予算もつくので、やっぱりクオリティが接近してしまいますよね。

藤津:ただ、やはり予算が取れる、そして使えるスタジオは限られますよね。またすごい絵を描くスタッフが増えていけば、その分生産性自体は落ちていく側面もある。キャラクターの線の数も昔よりも増えているので、ハイクオリティなものを作れるかどうかで出版社と渡り合えるスタジオと、そうでないスタジオに二極化せざるを得ない流れにあると思います。また、配信のシーンは大きいとは思いますが、出版社やスタジオなど、配信プラットフォーム以外のところが多く出資をしている印象があります。それこそ『チェンソーマン』はMAPPAが一社出資ですし。

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杉本:スタジオ自体がIPをきちんと保有していこうという流れが出てきていますよね。MAPPAがその典型ですし、それは良いことだと思います。以前は配信プラットフォームが権利を全部持っていくということは、日本のアニメではなかったんでしょうか?

藤津:いろんなケースがあるでしょうが、僕が取材したものは、つまり1年間はそのプラットフォームだけでしか観れないようにしてください、という形でのホールドだったと聞きました。でも、配信プラットフォームがIP展開が上手いかというと、そんなことはないんですよね。グッズを作る力もそんなにないですし、もったいないですよね。なので配信権だけを売却して、あとの権利は出資した各社がそれぞれ運用するというある意味通常のパターンになっているという印象です。

杉本:TVシリーズが見直されてきてたり、クオリティが上がってきたというのは、いろんな細かい要素があると思います。

藤津:1回クオリティが上がったものを観てしまうと、やはり元には戻れないんですよね。ただ、アニメは絵なので、世間の“クオリティ”の評価って曖昧なんです。絵の巧い人だけを集めるということができる作品は限られていて、あらゆる作品がそこで勝負するわけにはいかない。だから、いろんな形でリッチな絵を探っていく、みたいな感じで少しずつレベルが上がってきたのが現在の状況だと思います。逆に「もうここら辺でいい」って手を打てるのは、ビジネス的なゴールも含め「この予算だがらゴールもこのぐらいでいい」と最初から決まってるタイトルだけだと思います。勝負作になればなるほど「やれるとこまでやってください」みたいな感じになっちゃいますよね。

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杉本:TVアニメの予算はかなり格差が開いてきたと聞いています。

藤津:今は高い方で1話あたり3000万〜5000万程度と聞いたことがあります。レイアウトを含めCGを使う部分が増えているのもあるかもしれませんね。CGもお金がかかるので。

「作家の時代」の未来と、映画祭の必要性

渡邉:2023年は、宮崎駿監督が『風立ちぬ』から10年ぶりに新作を発表します。『風立ちぬ』の頃から言われていたデジタル化による映像の変化の中で、宮崎監督の引退があり、“ポストジブリ”といった言葉も使われはじめ、そして新海監督が『すずめの戸締まり』を作るに至る。その翌年に宮崎監督が『君たちはどう生きるか』を作るなど、螺旋的回帰的なものを感じますね。

藤津:確かにそうですね。2012年からアニメ映画の興行収入の総計が400億円をコンスタントに超えるようになっていて、2022年は700億にも到達しました。この10年の間に何が起きたのかというと、新海監督が巨人になったというのが結構大きくて、しかもそれ以前の興行を引っ張ってきた宮崎監督が帰ってくるという、すごい構図ですよね(笑)。

渡邉:私は10年前に出した著書で、SNSや動画プラットフォームと映画/アニメの関係性について考えました。10年経った今は、すでにお話が出ているように配信サービスが話題の中心になっていますね。そういう意味では、この10年ぐらいで反復しながらも少しずつズレて進化していくというか、線がクリアに見えて面白いですね。

杉本:2010年代から深夜アニメの映画で10億円を超えるヒットが出始めたんですよね。2011年の『映画けいおん!』、2013年の『劇場版 魔法少女まどか マギカ[新編]叛逆の物語』などがありますが、当時だと10億円を超えたら割と“事件”のような印象でした。今だと、深夜アニメだとしても10億円超えは当たり前ではないにしても、珍しいものでもなくなってきて、全体が底上げされているようにも感じます。これはアニメのファンダムの層が厚くなったということなのでしょうか?

藤津:それはあると思います。「アニメファン」と呼べるような、アニメを普通に観る習慣を持っている人の1番上の世代がいま60歳前半ぐらいになっています。その上にアニメファンがいないわけではないですが、そこから下の世代にいくにつれてだんだんと増えていきますよね。

杉本:それと、タイトルごとに観にきている客層が大きく変わったと思います。『五等分の花嫁』だったら学生が多いですし、『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』は中高年が中心でしたね。ただ、『劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編』(以下、『転スラ』)の客層は興味深くて、親子連れから、中高生の友達同士やカップルで観に来てる人までいたりしていて、いわゆる従来のステレオタイプな“オタク”像にかぎらない幅広い客層でしたね。

『劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編』©川上泰樹・伏瀬・講談社/転スラ製作委員会

藤津:『転スラ』は根強い人気がありますよね、興収も14億円に到達しましたし。

杉本:ただ、一方でこれらは全てTVシリーズから出てきた劇場版です。これぐらいの規模のヒットが単発の企画の映画で出てくると、もっといいんですよね。そうすれば企画の自由度も増えてくると思います。

藤津:単発だと、どうしても5億円の壁がなかなか超えられない感じですよね。TVシリーズで基礎票を積んでいれば全く問題ないのですが。ただ、逆に言うとTVシリーズは興行が保証されているとも言えていて、挑戦しやすいところでもある。例えば『からかい上手の高木さん』(以下、『高木さん』)は演出が凝っていて面白かったですね。作中に虫送りを夏の夜にやるシーンがあるのですが、照明の使い方が秀逸でした。たいまつを持っている方とそうでない方で、はっきりと暖色と寒色で色を変えて空気感を出しているんですよね。監督の赤城博昭さんが同じく監督する『僕の心のヤバイやつ』のPVも凝っていることで話題になっていますし、絵をしっかりコントロールしてアニメを作ろうとしている意識を感じます。『高木さん』はシリーズの最初、とても淡白な絵で制作されていたのですが、人気が出たためか、だんだんと絵が豪華になっていくんですよね。劇場版がそのピークみたいな感じでした。

杉本:なるほど。その話にも関係するのですが、やはり作家性を出すにはTVシリーズものよりも映画が入るようになるといいわけですよね。でもそこには「5億円の壁」という現状があって窮屈ですよね。アニメの市場はこれまでずっと市場主義の価値観だけでやってきたわけです。一方で、例えば実写映画の世界では、ハリウッドは市場主義ですがそれと同時にアカデミー賞という賞の権威で作家性の強い作品の興行を底上げする、その両輪で走ってきたと思うんです。日本のアニメ産業は市場主義だけの片輪走行に感じられるんですよね。「作家の時代」が本当の意味で訪れるためには、ちゃんと両輪走行しないとうまくいかない気がしています。2022年で文化庁メディア芸術祭も終了が発表されましたし。

藤津:メディア芸術祭は残念でした。

渡邉:2022年でメディア芸術祭がなくなる件については、文科省としては紫綬褒章が代わりの役割を果たすようになったため、というロジックだとは思います。2021年には湯浅政明監督、2022年には庵野秀明監督が紫綬褒章を受章している。メディア芸術祭は1997年から始まって25年経っているわけですけど、この25年でアニメ監督が紫綬褒章をもらえるという状況になってきている現状があり、これは以前だったらほとんど考えられないことでした。なので一つの時代で役割を終えたとして、今辞める決断に至ったという理屈だと思います。

杉本:なるほど。ただ、メディア芸術祭にアカデミー賞のような権威があったかどうかは別にして、一応ある程度の役割を果たしていたと思うんです。だからそれがなくなって、紫綬褒章は作品を評価するのではなく、実績を積んだ個人を表彰するものですからメディア芸術祭の代替とは異なると思います。そういう映画祭や賞で権威付けをすることには、放っておくとなかなか売れなさそうな作品を売ることができる機能があって、そうした機能がアニメ業界にもうまく働いてほしいんですよ。

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藤津:ただ、メディアも含めたアニメ業界には「ヒットしていない作品でもその作品性を顕彰することが業界にプラスになる」という考え方が薄いという印象です。なぜかを突き詰めていけば、それはアニメは同時代的なポップなもので、教養の対象ではないという意識があるからだと思います。実写映画の場合、長い歴史の中で、「映画が好きなら観ておいた方がいい」と判断される映画があるわけですが、アニメ作品の場合はそういうことについて「一応観ておく」という行動をする人がとても少ないわけです。むしろ趣味性が強いジャンルなので、受け手は自分の興味があるものだけを観ようという行動をします。ただ、そういう難しさはありますが、それでも作り手を励ます意味での顕彰は必要だと思います。

渡邉:3月から始まる、押井守監督が審査員長を務める新潟国際アニメーション映画祭は長編を中心に海外作品も含めて実施されるので、存在感を示すようになると面白くなると思いますね。

杉本:期待はしているのですが、映画祭は実績を積むことでしか成長できないので、長い目で見守りたいと思っています。ある程度回数が重ねられて時が経ってから、「あの作品を発見したり、この作品にも賞をあげてる」ということで評価されていくものです。カンヌ国際映画祭やヴェネチア国際映画祭はそうやって「自分たちで映画の歴史を作っていこう」という意識のもと、しっかりと選考してきたと思うんです。

藤津:よくあるようなファン投票や評論家などの大勢の合議で順位を決めるのはシンプルで、それはそれで面白いから良いと思うんですけど、価値観の醸成の点がどうしても薄くなってしまうので、やはり僕は審査員が合議して議論を尽くして1位を決めるやり方がいいなと思っています。

杉本:そうですね。そういう場は貴重なものなので、長い目で見て運営をしていただけると、僕はすごく嬉しい。本当の意味での「作家の時代」は僕も来てほしいと思っているので、アニメ業界も両輪走行できるように、新千歳国際空港アニメーション映画祭やリニューアルされたひろしまアニメーションシーズンとともに、発展してほしいと願っています。そうすることで一般的な商業アニメだけでなく、インデペンデントなアニメーションもより活性化されていくと思うので。

参照

※. https://books.bunshun.jp/articles/-/7658

■公開情報
『THE FIRST SLAM DUNK』
全国公開中
原作・脚本・監督:井上雄彦
演出:宮原直樹、大橋聡雄、元田康弘、菅沼芙実彦、鎌谷悠、北田勝彦
CGディレクター:中沢大樹
キャラクターデザイン・作画監督:江原康之、井上雄彦
サブキャラクターデザイン:番由紀子
キャラクターモデリングスーパーバイザー:吉國圭
BG&プロップモデリングスーパーバイザー:佐藤裕記
テクニカル&リギングスーパーバイザー:西谷浩人
シニアアニメーションスーパーバイザー:松井一樹
テクニカルアニメーションスーパーバイザー:牧野快
シミュレーションスーパーバイザー:小川大祐
エフェクトスーパーバイザー:松浦太郎
シニアライティングコンポジットスーパーバイザー:木全俊明
ライティングコンポジットスーパーバイザー:新井啓介、鎌田匡晃
美術監督:小倉一男
美術設定:須江信人、綱頭瑛子
色彩設計:古性史織、中野尚美
撮影監督:中村俊介
編集:瀧田隆一
音響演出:笠松広司
録音:名倉靖
キャスティングプロデューサー:杉山好美
音楽プロデューサー:小池隆太
2Dプロデューサー:毛利健太郎
CGプロデューサー:小倉裕太
制作統括:北﨑広実、氷見武士
アニメーションプロデューサー:西川和宏
プロデューサー:松井俊之
声:仲村宗悟、笠間淳、神尾晋一郎、木村昴、三宅健太
オープニング主題歌:The Birthday(UNIVERSAL SIGMA)
エンディング主題歌:10-FEET(EMI Records)
音楽:武部聡志、TAKUMA(10-FEET)
製作:2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners
アニメーション制作:東映アニメーション/ダンデライオンアニメーションスタジオ
©I.T.PLANNING,INC. ©2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners
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