『探偵ロマンス』はロマンに溢れた壮大な“恋文”だ 視聴者を楽しませる3つの夢

 思い出すのは、小学生の頃、学校の図書室で胸を高鳴らせて読んだ、名探偵・明智小五郎と怪人二十面相の対決。シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンにも憧れた。名探偵と怪盗の物語は、いつの時代も変わらず、私たちに「夢」を見せてくれる。できることなら、永遠に見続けていたいと思う夢を。ロマン溢れる大活劇を。

 NHK土曜ドラマ『探偵ロマンス』が面白い。全4話構成で、『コウノドリ』(TBS系)、『美しい彼』(MBS)を手掛けた坪田文が書き下ろすオリジナルドラマだ。江戸川乱歩作家デビュー100年という節目に、江戸川乱歩誕生秘話を描く。

 演出の安達もじりをはじめ朝ドラ『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)制作チームが手掛けているだけあって、街の描写が愛おしい。後の江戸川乱歩となる、主人公・平井太郎(濱田岳)が隆子(石橋静河)宛の手紙を投函するポストの下に、いつも佇んでいる少女。いつも同じ場所に座っている老人。艶やかな着物姿の老女。客引きの男(浅香航大)が吹き鳴らす、トランペットの音色。太郎のいる支那そばの屋台の「安っぽい鳥ガラの香り」越しに見る「おもちゃみたいな街」は、新聞を通して「名探偵と怪盗の夢」にすがるしかない人々の生きる荒廃しきった場所でありながら、多種多様な人生模様を思わせ、実に鮮やかである。

 冒頭、執筆中の太郎の「今と昔、男と女。思いは炎となり、互いを繋ぐ糸を伝って、燃え広がって……」という言葉で始まった物語は、100年前と今を繋ぐ。怪盗ピス健(土平ドンペイ)からの予告状を掲載した新聞記事には他にも「流行性感冒」の文字があり、その年、大正8年(1919年)は、志賀直哉が小説『流行感冒』を発表した年(NHKドラマファンならすぐさま2021年の本木雅弘主演ドラマ『流行感冒』と世界線を繋ぐこともできるだろう)であることを示唆する。スペイン風邪が世界的な流行となっていた100年前と、コロナ禍である現在の日本を生きる人々の思いは、どこか重なるものがあるのかもしれない。そんなことを思いながら、私たちは、太郎と共に、「探偵」という「夢」を追いかけるのである。

 さて、本作は3つの「夢」に纏わるドラマだ。1つは、市井の人々の見る夢。片や、美摩子(松本若菜)が女主人を務める秘密倶楽部に集う特権階級の人々の見る夢でもあるだろう。人々は、つかの間苦しい現実を忘れるために、あるいは、つかの間退屈しのぎの享楽を得ようと「名探偵VS怪盗の大活劇」の夢を見る。

 2つ目は、濱田岳演じる平井太郎が見る、作家という夢。現在放送中の『警視庁アウトサイダー』(テレビ朝日系)では冷静沈着な刑事として、『シェフは名探偵』(テレビ東京系)でもタッグを組んでいた西島秀俊と息の合ったやり取りを見せている濱田岳とのギャップを楽しむのも一興である。『カムカムエヴリバディ』において濱田が演じた算太もまた、見果てぬ夢を追い続けるかのように生きた人物だったが、本作においても彼は夢をひたすら追い求めている。後の江戸川乱歩だとわかっていても、観ていて苦しくなるほどに。探偵・白井三郎(草刈正雄)に出会い、彼に肯定されるまでの彼は、ひねくれていた。どこまでいっても自己完結の世界に留まっていた。批判してくる人間を敵だと思い、逆に手を差し伸べてくる人には言われてもいないのに先回りして自分を卑下する言葉を連発して防御線を張る。創作を志す人間の多くが行き詰まった末に陥る典型的なルートである。そこから白井と出会い、やがて思いの丈を打ち明ける姿は、まるで迷子になって途方に暮れた少年のように所在なげで、草刈正雄の包容力も相まって、素晴らしい場面になっていた。

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