ガンダムを拡張した『水星の魔女』 『コードギアス』と重なる展開も?
「ガンダム」は特別だ。お堅い新聞も人気だけが基準のワイドショーも、「ガンダム」とつけば記事として取り上げ、情報として発信する。1979年にTVアニメ『機動戦士ガンダム』が放送されてから40年以上の時を経て、ガンダムは人気を広げ知名度を高めて日本の文化として浸透し、産業としても目を離せないものとなった。
ガンダムシリーズの生みの親の富野由悠季監督が令和3年度の文化功労者に選ばれ、キャラクターデザインを手がけた『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』(以下『ククルス・ドアンの島』)では監督も務めた安彦良和も、令和4年度の文化庁映画賞(映画功労部門)を受賞して、今さらながらガンダムとアニメの文化的な真価を知らしめた。産業的にも、バンダイナムコグループが2023年3月期決算で見込んでいるIP(知的資産)別の売上高で、ガンダム関連だけで1320億円を予定している。(※)これ単体で会社になりそうな規模だ。
株式会社ガンダム。そんな、現実世界である意味“実現”していながら体感としてなかなか気づけなかった状況を、2022年10月から放送がスタートし、2023年1月8日放送の第12話「逃げ出すよりも進むことを」で第1クールを終える『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(以下『水星の魔女』)はあからさまにした。作中に、ガンダムの技術を使って医療機器を作る「株式会社ガンダム」を立ち上げる描写があったこともひとつにはあるが、それよりもスタート前後に強く浮かんだのは、「ガンダム」という看板が持つ到達力の高さだ。
つまりは、ガンダムだから第1話だけでも観ようとした人が大勢いただろうということ。どれだけの面白そうな内容であっても、直接的な原作を持たない作品ではなかなか観てもらえないアニメ状況にあって、『水星の魔女』は、『チェンソーマン』や『うる星やつら』といった新旧のビッグネームに並び上回りすらする関心を得た。ストーリー自体は完全にオリジナルでも、それがガンダムなら観てみようと思う層を取り込んだ。
『水星の魔女』に込められた『ガンダム』の“自由”さ 岡本拓也プロデューサーに狙いを聞く
“ガンダム”とひとくちに言っても、そのシリーズの広がり方は果てしなく膨大だ。原点である『機動戦士ガンダム』(1979年)から始ま…
ただし、肝心なのはそこから先だ。広くあまねくガンダムに関心を抱く人の中にある濃淡が『水星の魔女』をどのように受け止めるのかで、その後の展開が変わってくる。『ククルス・ドアンの島』の場合は、最初のシリーズの一部であり、安彦監督が漫画で描き監督もした『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の最新作と言えるものだったことで、ファーストから続く歴史を深く愛するファンを誘った。『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』も、ファーストに始まるUC(宇宙世紀)ものの流れの上に、地上でのモビルスーツ戦が持つリアリスティックな脅威を乗せてガンダムの世界を拡張した。
こうした拡張への趣味嗜好が合えば『閃光のハサウェイ』のように盛り上がるし、合わなければ福井晴敏が手がけた『機動戦士ガンダムUC』のように、ニュータイプの解釈がオリジナル過ぎるといった毀誉褒貶を呼ぶ。そこの部分がどうなるかに着目して見た『水星の魔女』の答えは、ガンダムでありながらガンダムではない何か、といったものだった。
それは一面で、ガンダムとタイトルに付けながらも、オリジナルの世界を描いた『機動戦士ガンダムSEED』(以下『SEED』)や『機動戦士ガンダム00』(以下『00』)と同列に並んで、ガンダムで誘った視聴者に何を見せようとしたものか、ということになる。『SEED』はキャラクターたちの関係性に注目した女性のファンを大勢呼んで、途絶えかけていた「ガンダム」のIPとしての価値をよみがえらせた。『00』は『新機動戦記ガンダムW』とも重なるガンダム操縦者たちの個性と、操るガンダムの種類でキャラ好きからもメカマニアからも関心を集めた。
ならば、『水星の魔女』はどうか。最初は、水星で生まれ育った“田舎者”設定のスレッタ・マーキュリーという少女が、パイロットを養成するアスティカシア高等専門学園に転入して、大財閥令嬢のミオリネ・レンブランと知り合って関係を深めていく描写で関心を誘った。ミオリネの伴侶が学園内の決闘によって決められている上に、その決闘にスレッタが勝ってしまって女子同士のカップルが誕生するという、幾原邦彦監督のTVアニメ『少女革命ウテナ』を思わせる設定もフックになって、ガンダムを逆の意味での特別、すなわち一見を排除する壁として見ていた世代も掴んだ。
『水星の魔女』が新規層を獲得した要因 “継承と挑戦”の見事なバランス
近年、面白いアニメが多く登場するものの、過去に人気のあった漫画作品の再アニメ化も目につく。懐かしさで嬉しい気持ちになるのと同時に…
そして振り回した。その一例が、先にも挙げた株式会社ガンダムの設立エピソードだ。父親のデリングから受けるプレッシャーによって窮地に追い詰められていくミオリネがぶち上げた、ご禁制のガンダムを公然のものにしてしまおうという策略が、ガンダムならではのバトルに次ぐバトルではない、学園もののような作品だと『水星の魔女』を受け止め、わちゃわちゃとした展開を期待していた層を驚かせた。
世間を見渡せば、先行きの見えないサラリーマン社会に見切りをつけ、会社を立ち上げ創業者利益を得て若くして引退、というキャリアプランが理想化されて漂い、未来に不安な世代に夢を見させている。そんな夢がガンダムで叶うというなら、これに乗らない手はない。たとえフィクションの世界の出来事であっても、一緒になって騒ぎ、悩んで、未来を夢見たいという気持ちに、グサッと刺さる展開だった。