『鎌倉殿の13人』とは何だったのか “死”にドラマを見出した三谷幸喜の構成力

『鎌倉殿の13人』とは何だったのか

事の発端――上総広常の死

 初回から見返すと、義時を演じる小栗旬の顔が後半とまったく違うことに気づく。地方の弱小武家の次男坊として、家長の父・時政と兄・宗時(片岡愛之助)、姉・政子、妹・実衣(宮澤エマ)らと家族仲良く過ごしていた頃の義時は細かいところに気を配るやさしさや堅実さもありつつ、少し抜けたところもある愛すべき人物だった。ところが源頼朝を宗時が館に招き入れたことから状況は一変していく。北条家は源平の合戦に巻き込まれ、宗時が命を落とす。やがて平家は滅び、頼朝を中心に鎌倉幕府が成立する。その過程で義時に決定的な影響を与えたのが2人の死である。

 1人目は非業の死を遂げる上総広常(佐藤浩市)である。義時から御家人たちの謀反の企てにわざと乗るよう依頼されるが、収束後に謀反の中心人物とされて梶原景時に斬られる。すべては広常の力を恐れた頼朝と大江広元(栗原英雄)による策略で、義時も利用されたに過ぎない。自らの死の意味がわからない広常が義時に向かってすがるようなまなざしを向けた瞬間は、名優・佐藤浩市の本領発揮ともいえる名シーンとなった。そしてこの死に加担させられたことで義時の中で何かが壊れ、ダークサイドに堕ちてゆく大きなきっかけとなったのではないだろうか。

転換点――源義経の死

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毎週日曜日に放送されているNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』。このたび、源義経を演じた菅田将暉、静御前を演じた石橋静河よりコメン…

 2人目は源義経だ。平家滅亡に大きく貢献しながら、兄・頼朝に討伐される義経の悲劇はよく知られているが、三谷は菅田将暉という天才的な俳優を得て、まったく新しい義経像を造形した。底抜けに明るくやんちゃでチャーミングな義経像だ。もちろんそれだけではなく、壇之浦の合戦で民間人の漕ぎ手を狙い討ちして勝利をものにするなど手段を択ばぬ残酷さとそれゆえの虚無もしっかり描かれた。しかし兄・頼朝を慕う気持ちは終始一貫しており、だからこそ、頼朝と義経の結束を恐れた後白河法皇(西田敏行)の策略によって兄との間に亀裂が生じ、討伐されるに至った義経の死は切ない。本作では、義時がもはや死を覚悟した義経と対面するシーンが設けられている。義時に向かって鎌倉攻略の奇策を嬉々として披露する義経の姿は、菅田の屈託のない演技により視聴者の心に残るものとなったが、それだけに肉親にも容赦ない頼朝の姿は義時の心に深い影を落としただろう。

 広常と義経の死。この2人の死に共通するのは、いずれも理不尽な死であるということだ。正義も大義も必然性もなく、もともと敵ですらなくともに戦う仲間であった者たちの命が頼朝の野望のためにたやすく踏みにじられていく。そして義時はこの理不尽な死、つまり死ななくてもよい人々が死に追いやられることに強烈なやりきれなさを抱くが、実はこれこそ、義時が頼朝から受け継いでしまったことにほかならない。

3人の理不尽な死

 理不尽な死をもたらす死神としての資質を頼朝から受け継いでしまった義時は、13人の死に大なり小なりかかわっていく。ここでは、義時が数え上げた死者たちの内でも特に印象深かった3人の死を取り上げたい。

新納慎也&宮澤エマ、『鎌倉殿の13人』全成の最期を語る 「すべての努力が報われた」

毎週日曜日に放送されているNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』より、新納慎也と宮澤エマのコメントが公開された。  NHK大河ドラ…

 1人目は頼朝の異母弟で義時の妹・実衣の夫である阿野全成(新納慎也)だ。僧侶である全成は、義父である時政に――正しくはその妻・りく(宮沢りえ)に――乞われて心ならずも頼家を呪詛しようとするが、人助けをしたばかりにその行為が露見して常陸の国に配流され、八田知家(市原隼人)に誅殺される。その死に際、効果がないと思われていた全成の呪詛の言葉が嵐を呼ぶシーンは圧巻で、新納慎也最大の見せ場となった。

『鎌倉殿の13人』中川大志、大河史に刻まれた名演 あまりにも武士だった畠山重忠の最期

『鎌倉殿の13人』(NHK総合)第36回「武士の鑑」。北条時政(坂東彌十郎)は源実朝(柿澤勇人)から畠山重忠(中川大志)追討の下…

 次に、畠山重忠(中川大志)である。初回から登場して義時と苦楽を共にし「武士の鑑」と謳われた重忠は、息子の重保(杉田雷麟)が京で時政とりくの子を毒殺したという濡れ衣を着せられたことで謀反人とされ、挙兵するものの義時率いる討伐軍に二俣川の戦いで敗れ、命を落とす。馬を降りて義時と素手で殴り合った後、重忠は馬上でなんとも言えぬ脱力した笑みを浮かべる。このシーンもまた、中川大志の新境地とも言える演技に称賛の声が集まった(ここでも時政の妻・りくはマクベス夫人のように夫・時政をそそのかすのだが、宮沢りえの華のある悪女ぶりも特筆に値する)。

『鎌倉殿の13人』柿澤勇人、源実朝を演じ終えて 「役者としてはすごく幸運なことだった」

毎週日曜日に放送されているNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』源実朝役の柿澤勇人よりコメントが寄せられた。  NHK大河ドラマ第…

 そして第三代鎌倉殿の源実朝(柿澤勇人)である。実朝が鎌倉八幡宮で雪の日に殺されることはよく知られているが、三谷はここにも素晴らしいドラマを用意した。和歌を詠み義時の息子・泰時(坂口健太郎)に淡い恋心を抱く心優しき実朝は、兄・頼家の息子で第四代鎌倉殿を狙う公暁(寛一郎)と和解を目指すも結局その刃に倒れる。そのことを知りながらあえて見殺しにする義時と公暁を裏切る三浦義村(山本耕史)らの思惑が入り乱れる中、歩き巫女(出てくるだけで強烈なインパクトを残す大竹しのぶ)の妄言に後押しされ、公暁の刃を天命として受け入れる実朝の静かな笑みに多くの視聴者が心揺さぶられた。

義時が闇に堕ちれば堕ちるほど輝く死者たち

 言うまでもなく、彼らもみな死ななくてもよい者たちだった。決してもともと義時らと敵対していたわけではなく、同じ鎌倉幕府の内にいながら、義時の権力掌握の過程で理不尽に殺されたのである。三谷はその卓抜な想像力によって、鎌倉幕府の公式記録ともいえる(それゆえに恣意的とされる)『吾妻鏡』等の歴史書には必ずしも詳しく記載されているわけではない者たちにも光を当て、その死にドラマを見出していった。

 三谷は俳優にあて書きすることで有名だが、こうして見てくると、俳優たちの力を存分に引き出すために死に至るドラマが用意されたことがわかる。死にゆく者たちの退場シーンを最高に輝かせる一世一代の名演技をさせるために、死から逆算して人物造形がなされたのではないかと思うほどだ。

 このことは、最終話で「まだ手を汚すつもりですか」と問う政子に対して義時が「この世の怒りと呪いをすべて抱えて、私は地獄へ持っていく。太郎のためです。私の名が汚れる分だけ、北条泰時の名が輝く」と答えたことを想起させる。つまり、義時が闇に堕ちれば堕ちるほど、泰時だけではなく、彼らの理不尽な死もまた輝くのである。おそらくこれが『鎌倉殿の13人』全体の構造だろう。

 大河史上まれにみるダークな主人公北条義時は、空虚な中心のように、彼らの死を輝かせるために存在した。最後に用意された義時の死は、いわば彼らの死を輝かせてしまったことの報いにほかならない。が、それを実行したのが政子であったという点で、やはり理不尽な死と言えるだろう。兄に討伐された義経のように、自らの死の理由がわからなかった広常のように、最終的には死を受け入れた重忠や実朝のように、義時は死を迎えたのである。

ひとすじの希望

 『鎌倉殿の13人』では多くの登場人物がドラマチックな死を迎えるが、間違ってはいけないのは、彼らの死は決して英雄的な死ではないということだ。このドラマには英雄は存在しない。むしろ英雄的な行為や大義のために犠牲になるのではなく、施政者や政権を掌握したい者たちのちょっとした思いつきや思い込みのせいで、あるいは成り行きで、人々は無念の死を遂げさせられて歴史から姿を消す。その根底には、歴史は決して英雄的な行為や大義や正義によって作られるのではないという三谷の歴史観があるように思う。本作が現代的な言葉を用い、私たちの日常の延長線上に描かれたのは、私たちの社会もまた、そのように成り立っていることを示すためではないだろうか。

 しかし泰時の存在は希望である。さきほど引用したように、最終話で義時は政子に「この世の怒りと呪いをすべて抱えて、私は地獄へ持っていく。太郎のためです。私の名が汚れる分だけ、北条泰時の名が輝く」と語るが、政子は「そんなことしなくても、太郎はきちんと新しい鎌倉をつくってくれるわ」と言って義時が欲する薬を目の前で捨てる。闇が理不尽な死を輝かせる時代を、政子が終わらせた瞬間である。泰時が武家社会の安定を求めて御成敗式目を制定するのは、義時の死から8年後のことである。私たちの泰時は、いつ現れるのだろうか。

参照

※ https://www.nhk.or.jp/kamakura13/about/

脚本家・三谷幸喜の真髄がここに 『鎌倉殿の13人』特集

作品のタイトル、および主演・小栗旬が発表されたのは2020年の1月8日。歴代の大河ドラマの中でも人気作である『新選組!』『真田丸…

■放送情報
『鎌倉殿の13人』総集編(全4章)
NHK総合にて、12月29日(木)13:05~17:40 放送(中断ニュースあり)
主演:小栗旬
脚本:三谷幸喜
制作統括:清水拓哉、尾崎裕和
演出:吉田照幸、末永創、保坂慶太、安藤大佑
プロデューサー:長谷知記、大越大士、吉岡和彦、川口俊介
写真提供=NHK

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