『舞いあがれ!』“悪者”を登場させない物語の違和感 試験中の恋愛はあり?
“朝ドラ”こと連続テレビ小説『舞いあがれ!』(NHK総合)の第10週「別れと初恋」は水島(佐野弘樹)がフェイルになって学校から去り、舞(福原遥)は柏木(目黒蓮)に告白される。
まさに「別れ」と「初恋」である。
舞に一気に訪れる人生イベントの数々。プリソロチェックしてソロフライトと高い山のような課題に奮闘する傍らで、柏木を意識してドキドキしてしまう。プリソロチェックの前夜に柏木から「俺おまえのことを」「いやなんでもない」と言われて舞は眠れなくなり、その後、ソロフライトの前日に告白される。待てない男・柏木に振り回されて見えるが、舞は舞で、励みになっているようでもある。
舞と柏木は大事なチームメイト水島を冷酷にフェイルした大河内教官(吉川晃司)に対して抱く義憤のような思いが合致して、より一層絆を深めていくように見える。これはすべて誰もが経験する青春の1ページに過ぎないが、人の命を背負って飛ぶという、誰でもできる仕事ではない、ある種のエリート職を目指しているさなかに、大学の部活の合宿先で起こる出来事のような描写にいささか違和感を覚えるのも事実である。
そもそも、消灯ぎりぎりに部屋着のような格好で出入りできてしまうことをはじめとして、寮生活での男女のコミュニケーション描写がゆるい。確かに現実にもこういうことはある。例えば、社会人になってすぐ、入社初年度、まだ配属先も決まっていなくて、モラトリアム気分がまだ抜けない者たちが、夜な夜な食事会や飲み会などしたり、会社のサークル活動などしたり、残業したり、営業研修したりしている間に、理想や悩みを共有しながら恋愛に発展……というような流れはある。朝ドラではないがそんな現代ドラマも星の数ほど制作されてきた。
だがはたしてそれと同じように描いていいものか。実際は人間だもの、で同じようなことなのかもしれないけれど、そこは物語。恋は後回しで、懸命にパイロットになるために何もかもがなぐり捨てて頑張る姿に期待する視聴者も少なくないだろう。せめて、ソロフライトが終わってからにしてほしいと思うけれど、その理性によって失うものもあるので、そのときそのときの気持ちに正直になることも大事ではある。幸運には前髪しかないというようなこともある。
ネットの反応などを日々観察していると、ドラマに限らず、現実問題でも、エリートが業務そっちのけで恋愛におぼれているような姿を庶民は好まない傾向はあるようだ。それによってエリートを自分たちの目線にひきずりおろすことで気休めできるという面もたぶんにあるわけだが。
現実のエリートはあらゆる面で能力が抜きん出ているため、どんなに忙しくても恋愛に費やす余裕もあるのだ。小市民は経済的に余裕がないと結婚をためらい恋愛もままならないが、特殊な才能によって経済的にも豊かになれる人は恋愛も謳歌できるのである。筆者は以前、仕事で泊まったホテルの部屋と部屋を窓から移動していた恋人たちの話を聞いたことがある。仕事のうえでリーダー格のふたりであったが、止まらないことってあるのだ。
『舞いあがれ!』で水島がフェイルになった要因は、マルチタスクができないことであることが重要だった。パイロットとは、複数の出来事を瞬時に処理する能力が必要であり、ノイズにいちいち心を揺らしてはならないのである。舞と柏木は厳しい訓練のさなか、ふと沸きあがった本能をどのようにコントロールするか、それもまた試験のひとつなのではないだろうか。