ピーター・ファレリー監督による異色の戦争映画 『史上最高のカンパイ!』のメッセージ
ファレリー兄弟監督の兄として、『メリーに首ったけ』(1998年)など、際どいユーモアが炸裂するコメディ映画を手がけてきたピーター・ファレリー。彼が単独監督として、人種差別というシリアスな題材に向き合って撮りあげた『グリーンブック』(2018年)が、アカデミー賞作品賞に輝いたのは、映画界に大きな驚きを与えることとなった。
そんなピーター・ファレリー監督が、『グリーンブック』の次作に選んだのは、Apple TV+配信の、実話を基にした異色の戦争映画『史上最高のカンパイ!〜戦地にビールを届けた男〜』だ。物語は、ベトナム戦争が激化していた1968年、ニューヨークの平凡なアメリカ人男性が、従軍した地元の仲間たちに、ただ缶ビールをふるまうためだけに渡航し、ベトナム戦争の前線へと足を踏み入れるという、戦争映画にしては、なんともほのぼのとしたもの。
家族や地元の仲間たちから、「根はいい奴だが、口だけの怠惰な男」だと思われている、ちょっと情けない主人公チッキーを演じているのが、ザック・エフロンだ。『ハイスクール・ミュージカル 』シリーズや、『ヘアスプレー』(2007年)など、かつて学園の王子様のような“ドリーミー”な役柄を演じ、ハンサムなキャラクターを体現してきたエフロンだが、ここでは口髭をたくわえ、クルーカットを無造作に伸ばしたような髪型で、カリスマ的な雰囲気を打ち消した風貌をしているところが面白い。
主人公チッキーは、元兵士ではあるが、戦争を経験したことがない。それでも彼は、国内で反戦デモをおこなう人々や、マスメディアがいつもアメリカ軍の問題を伝える姿勢に対して、イライラして仕方がない。ベトナムの戦地へと向かった友人たちのことを考えると、軍の名誉を傷つける人々に我慢がならなかったのである。
そんな鬱屈した感情と、周囲が自分の行動力を全く認めていないという反発から、チッキーはベトナムで戦っている地元の仲間たちに、缶ビールを届けて苦労をねぎらうという計画を立てる。そして、トラベリングバッグに無造作にビール缶を詰め込んで、貨物船の船員として現地に向かったのだった。しかし、「みんな俺を歓迎するだろう」と悠長に考えていたチッキーと、現地で任務にあたり、死線をくぐり抜けていた兵士たちの感覚には、凄まじい温度差があった。
戦地で会った地元の友人たちは、一様に「お前はバカなのか」と、呆れた反応をする。それもそのはずで、戦況が泥沼化していた状況で、絶えず緊張状態にあった兵士たちからすると、のほほんと缶ビールを持参して歓迎してもらおうとしているチッキーの態度をそのまま許容できるわけがないのだ。何より、ベトナムでもアメリカの缶ビールが手に入るのである。そんな感覚のズレからくる気まずさを、ユーモアを持って描いていくところは、いかにもファレリー監督というところだ。
戦場ジャーナリストですら近づけない前線基地や激戦地に、チッキーが入っていけたのは、一部の兵士たちがチッキーのことを、CIAの密命を帯びたスパイなのだろうと勝手に勘違いしたためだ。何しろ、一般の旅行者が地元の仲間に会うために軍の基地に入り込んでくるなどという事態そのものが理解の範疇を超えているのである。これはおそらく、何らかの重大な理由があって、身分や任務の内容を隠しているのだろうと判断されたということだ。
『グリーンブック』がシリアスな題材ながら、随所でユーモアを発揮していたように、本作もまた、このようなコメディとしての部分が楽しめる映画となっている。『グリーンブック』で、実在のピアニストを基にした登場人物の描き方について、遺族から抗議があったことからも分かるように、本作もまた、ファレリー監督はあくまでエンターテインメントであることを重視し、さまざまな脚色を加えているのだと考えられる。だから、実話ベースだからといって、リアルな戦争が描かれているとは考えない方が良さそうだ。
『グリーンブック』では、強い人種差別的な偏見を持っている白人のドライバーが、アフリカ系のピアニストとの交流を通じて、次第に認識を改めていくといった内容だった。本作もまた、国家や軍を批判するメディアの在り方や、戦争反対をうったえる人々に敵意を持っていたチッキーが、現地の混乱状態や惨状を目にして、考えを変えていく姿が描かれる。