ピーター・ファレリー監督による異色の戦争映画 『史上最高のカンパイ!』のメッセージ
チッキーが平凡な小市民でありながら、権力、体制への批判に目くじらを立てるのは、軍務経験者として、同じような立場から兵士になった者たちの国への貢献が、愚弄されているように感じたからだ。実際に危険のなかに飛び込み、必死に戦う者たちを、ヒッピーやインテリたちがリスクを背負わずに上から目線で語ることに怒りを感じたのである。
しかし、彼がベトナムで目にしたのは、想像していたような光景ではなかった。混沌とした状況で殺し合っている兵士たちが、正義や名誉とは関係のない死を迎え、モラルを逸脱した世界が広がっていたのである。本作ではそれが、アメリカがこれまでの戦争と異なり、大義を失っていた状態であると描いている。
第二次世界大戦でのアメリカ軍は、一般市民への核攻撃をおこなうなど、およそ「正義」だとは認めづらいところもあるが、少なくとも覇権主義に陥った危険なファシズム体制の国々と戦うという大義名分があったことは確かである。ベトナム戦争には、そのような「正義」すら存在しない。もはや無為と化したもののために、兵士が命を落としていると、チッキーには感じられたのである。
そしてそれは、チッキーが怒りを感じていたデモ隊の主張や、報道記者たちの仕事の重要さを理解した瞬間でもあった。戦地に赴く前のチッキーは、兵士一人ひとりの名誉を守るために戦争を正当化することが正義だと思っていた。だが、もし国家や軍が道を誤っていたとしたら、それを正すことが、最終的には兵士たちのためになるのではないかということに気づいたのである。
筆者は以前、「『グリーンブック』はアカデミー賞作品賞にふさわしかったのか? 批判される理由などから考察」のなかで、『グリーンブック』が、いかにも白人的な視点で描かれていることを指摘し、人種差別を作品のテーマにし続けてきたスパイク・リー監督からの批判を紹介しつつも、いまのアメリカでは、この作品こそがアカデミー作品賞にふさわしいと主張した。
『グリーンブック』はアカデミー賞作品賞にふさわしかったのか? 批判される理由などから考察
第91回アカデミー賞の栄えある作品賞に選ばれたのは、黒人の天才ピアニストと粗野な白人用心棒が、人種差別が根強い1960年代のアメ…
なぜなら、近年のアメリカは政治的な分断が進み、公然と人種差別をする勢力が存在感を増しているからである。そういう状況下においては、『グリーンブック』の主人公のような差別的な人物にも理解し、受け入れることのできる、平易な面を持った反差別メッセージのある作品が多くの人々に観られることが重要だと考えたからだ。
その意味では本作『史上最高のカンパイ!〜戦地にビールを届けた男〜』もまた、きわめて保守的な人物が、傷ましい現実に触れることで、自分のなかの偏見に気づくまでを、はっきりと分かりやすく見せているといえる。作品の深いところまで読み込まずとも、誰もが作品のメッセージをそのまま受け取ることができるのである。ことに差別問題や戦争という、シリアスな題材においては、そういった、誤解の隙を与えない直接的表現こそが、いまの世界に最も必要なものなのかもしれないと思えるのだ。
■配信情報
『史上最高のカンパイ!~戦地にビールを届けた男~』
Apple TV+にて配信中
監督:ピーター・ファレリー
出演:ザック・エフロン、ラッセル・クロウ、ジェイク・ピッキング、ウィル・ロップ、アーチー・ルノー、カイル・アレン、ビル・マーレー
脚本:ピーター・ファレリー、ブライアン・カリー、ピート・ジョーンズ
プロデューサー:デヴィッド・エリソン、ダナ・ゴールドバーグ、ドン・グレンジャー、アンドリュー・ムスカト、ジェイク・マイヤーズ
©︎Apple TV+