『ちょっと思い出しただけ』はなぜ“忘れられない”一作に? 時間遡行が生む救済に似た感動

『ちょっと思い出しただけ』が切り取る“今”

 『花束みたいな恋をした』『ボクたちはみんな大人になれなかった』『明け方の若者たち』、そして『もっと超越した所へ。』。これらはいずれも、戻れない過去がキーになった恋愛劇(ひょっとすると、『余命10年』もそこに連なるかもしれない)。特に『花束みたいな恋をした』はコロナ禍における日本映画のヒット作としてマイルストーン的な作品であり、(松居監督もコメントで言及していたように)『ちょっと思い出しただけ』とセットで語られる機会も多いように思う。

『ちょっと思い出しただけ』

 これらは「柳の下のドジョウ」的なものというよりむしろ、時代の流れを明確に捉えたものとして実に興味深い。ひとつには、30~40代のクリエイターの台頭により、それぞれにとって等身大の恋愛劇が増加したということ。『花束みたいな恋をした』は人気脚本家・坂元裕二のオリジナル脚本だが、20代後半のカルチャー好きな若者たちの生態を入念に調べ上げたうえで書かれており、技術で“等身大らしさ”をカバーした形。これは例外的なものだが、やはりその世代の皮膚感覚は当事者でないとなかなか生まれえないものだろう。そういった意味ではある種、日本映画界の世代交代を象徴する作品群ともいえそうだ。

 これは物語だけではなく、先にちらりと触れた魅せ方――宣材物も重要。端的に言えば「当事者がお洒落と思えるか」が生命線となる。そんななか『ちょっと思い出しただけ』はビジュアルセンスが突出しており、照生と葉の同世代の嗜好を的確に捉えている。E-WAXによるノスタルジックでありつつ“映え”なスチールの数々はその好例で、大島がデザインした各種チラシがコレクターズアイテム化したのも大いにうなずける(なお、本作のBlu-ray&DVDのコレクターズ・エディションには、スチールをレイアウトしたスリーブケースとポストカードセットが付属)。

『ちょっと思い出しただけ』

 余談だが、『ちょっと思い出しただけ』チームの同世代である筆者としては、物語においても、美意識においても、「私たちの映画」と思える作品が現れた――という感覚を抱かずにはいられない。もちろん、「上世代が号泣した」という感想も聞こえてはくるが(それは本作の持つ優れた普遍性によるものだろう)、自分たち世代がキャリアを重ねていき、我々のターンになってきたという証明としても、本作が果たした役割というのは極めて重要だ。

 これは本作の取材時にも出た話だが、2001年に9.11、2011年に東日本大震災、2020年以降はコロナ禍に入り、約10年に一度、日本において(もちろん世界的にも)価値観が根底から揺さぶられる事態が発生。当然ながらクリエイターほか創作物にも影響が生じ、コロナの台頭によって生まれた、或いは改変された作品にスライドしていった。そうした意味でも、『ちょっと思い出しただけ』は観客一人ひとりの心に刻まれるだけでなく、国内の映画史を縦軸で見ていくうえでもひとつのキーとなる重要な一作といえるだろう。

『ちょっと思い出しただけ』

 なお、本作のコレクターズ・エディションには松居監督・池松・伊藤・尾崎によるオーディオコメンタリーに加え、特別インタビューにイベント映像など計190分の特典映像が収められている。その中で注目したいのが、公式メイキングフィルム「Document of ちょっと思い出しただけ『夜にしがみついて』」だ。

 クリープハイプをはじめとする様々なミュージシャンのドキュメント作品やMVを手掛けたエリザベス宮地によるこの映像は、撮影に密着し、スタッフ・キャストの語りと共に作品が出来上がっていく過程を追ったもの。松居監督や池松、撮影の塩谷大樹といった面々が、どのような想いで制作に向き合っているか、そのリアルタイムの“声”を知ることができる。映像内では、悩みぬいている松居監督に池松が「時制をひっくり返す」構成や作品のテーマについて持論を展開する重要な局面も。さらには、池松の幼なじみで俳優の山﨑将平が助監督見習いとして奮闘する姿なども映し出され、スタッフの成長譚としても意義深い。

 いずれコロナ禍が終息したとき、さらには後世において我々が生きている“いま”を振り返り、時代が映画制作に与えた影響や、クリエイターを触発した結果生まれた作品を体系的に見ていく流れは、(これまでの時代がそうであるように)必ず生まれ得るもの。「Document of ちょっと思い出しただけ『夜にしがみついて』」は、その資料としても貴重な記録といえる。本編とセットで観ることで、味わいも増しさらに「忘れられない」1本へと成っていくのだろう。

 ジム・ジャームッシュという“先輩”から受け継いだ感性を、音楽へと変換した尾崎が同世代の松居へつなぎ、映画へと昇華された『ちょっと思い出しただけ』。文化史的にも語りがいがある本作は、一過性のものでなく折に触れて「思い出されるべき」映画である。

■リリース情報
『ちょっと思い出しただけ』
9月2日(金)、Blu-ray&DVD発売
レンタル開始中
コレクターズ・エディション(2枚組)Blu-ray:7,480円(税込)
コレクターズ・エディション(2枚組)DVD:6,380円(税込)
通常版DVD:4,180円(税込)

【コレクターズ・エディション限定特典】
映像特典(190分)
・公式メイキングフィルム『夜にしがみついて』(監督:エリザベス宮地)(115分)
・泉美ダンス『スキューマ』
・公開記念舞台挨拶
・スペシャルインタビュー(松居大悟、池松壮亮、伊藤沙莉、尾崎世界観、ニューヨーク 屋敷裕政)
・東京国際映画祭映像集(インタビュー、舞台挨拶、Q&A、受賞式)
・予告集(特報、本予告、海外版予告ほか)
封入特典
・ポストカードセット8枚
特典仕様
・外装スリーブケース
・ピクチャーディスク

【通常版特典】
音声特典
・オーディオコメンタリー(松居大悟、池松壮亮、伊藤沙莉、尾崎世界観)
映像特典
・劇場予告編
特典仕様
・ピクチャーディスク

監督・脚本:松居大悟
出演:池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、尾崎世界観、國村隼、永瀬正敏
主題歌:クリープハイプ「ナイトオンザプラネット」(ユニバーサル シグマ)
制作・配給:東京テアトル
宣伝:FINOR
制作プロダクション:レスパスフィルム 
製作:『ちょっと思い出しただけ』製作委員会(東京テアトル ユニバーサル ミュージック)
発売元:日活株式会社
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
2021年/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/115分
©2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会
公式サイト:choiomo.com
公式Twitter:@choiomo_movie
公式Instagram:@choiomo_movie

■イベント情報
Document of ちょっと思い出しただけ『夜にしがみついて』特別上映会
9月6日(火) 19:15開場/19:30開演/終演22:00予定
ゲスト:エリザベス宮地、山崎将平、松居大悟
会場:キネカ大森
チケット発売方法:9月2日(金)19:00~オンライン販売/9月3日(土)劇場オープン時~窓口販売
料金:1,500円均一
公式サイト:https://ttcg.jp/cineka_omori/topics/2022/08251630_19757.html

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