実在のスパイ・黒金星から古代日本の忍者まで 壮大で奥深いアジアスパイ映画の一端
スパイ映画の主人公を想像してみてほしい。ジェームズ・ボンド、ジェイソン・ボーン、イーサン・ハントなど。ほとんどの場合、白人のスパイが世界を救ったり己の過去にケリをつけたりしているわけだ。もちろんそれらはスリリングかつエキサイティングで物語にも深みがあり、特に『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(2018年)は興奮と感動に満ちた驚くべき傑作であることは言うまでもない。
とはいえ、時にはアジア人が世界を救ってもいいわけだし、もちろんアジア人が世界や国を救ったり己の過去にケリをつけたりするスパイ映画も存在する。というわけでこの記事ではアジアのスパイ映画を紹介するのだが、驚くほど幅広い作風のスパイ映画が揃った。これをきっかけに壮大で奥深いアジア映画の世界の一端を味わってほしい。
香港映画『少林拳対五遁忍術』
古代日本のスパイと言えば忍者である。つまり忍者映画もスパイ映画ということになるのだが、世界的に見ても特に個性的で優れた忍者映画を生み出しているのが香港映画だ。というわけでまず最初に紹介するのはチャン・チェ監督の『少林拳対五遁忍術』。
意外なことでもなんでもないが、少林寺と忍者が対決するというプロットの映画は少なくない。なぜなら少林寺と忍者が対決するのはどう考えてもエキサイティングだからだ。しかし、『少林拳対五遁忍術』はそれらの映画の中でも群を抜いて面白い。映画のほとんどのシーンは常軌を逸しているし、多彩な武器を用いたアクションは常にこちらの想像力を越えていく。その中でも一際異彩を放つのは、本作でラスボスを務める忍者の王・剣淵夢道(チャーリー・チャン)の存在だ。
香港映画において異常に強い日本人の悪役というのは定番中の定番。しかしどれも藤田や二谷といった、日本人でも絶妙に馴染みのある名前がほとんどだ。それが本作では剣淵夢道である。忍者の王に相応しいクールな名前だし、それこそ小池一夫御大の漫画にいても違和感ないのがすごい。しかし真に恐るべきはその名に恥じぬ強さ。薙刀を高速で振り回し、修行を積んだ主人公4人を相手に正面から迎え撃つ。
忍者はスパイ。というわけで少林拳対五遁忍術はスパイ映画なわけだが、このスパイ映画史に残るキャラクター・剣淵夢道先生の活躍を是非観てほしい。
香港映画『SPY_N』
正直、藤原紀香は過小評価されている気がしてならない。確かに映画の出演本数は少ないし、その演技力も特別優れている印象はない。しかし、藤原紀香は凄いのだと声を大にして言いたい。というわけで藤原紀香観を啓蒙するために、スタンリー・トン監督のアクション映画『SPY_N』を紹介したい。
格闘アクションの聖地・香港で製作された本作で藤原紀香は峰不二子じみた敵も味方も翻弄するセクシーなスパイNORIKAを演じている。とはいえ本作のストーリーは大変薄味であり、見どころはそれほど多くないのであまり気にする必要はない。本質はそう、アクションである。監督のスタンリー・トンは『ポリス・ストーリー3』(1992年)や『ファイナル・プロジェクト』(1996年)などを手掛けていることで有名だ。その特徴はなんといっても俳優の過激なスタントと、過激なスタントを俳優にやらせる場合はまず自分がやってみせるということだ。『SPY_N』もその例にもれず、全編に渡って過激なスタントが繰り広げられ、スタンリー・トンは頼まれてもいないのに高層ビルから飛び降りている。
その『SPY_N』に藤原紀香は出てしまったわけだから、当然のように常軌を逸したスタントに挑んでいる。5階の吹き抜けから飛び降りるなんかは序の口。終盤では『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年)のマーク・ダカスコスと一緒にヘリから吊された車にぶら下がったりしている。その中でも特に壮絶なのが、高層ビルの屋上から吊るされた窓ガラスの上で西海岸のギャングスタラッパー、クーリオとカンフーするシーンだろう。日本には素晴らしい俳優が沢山いるが、果たして高層ビルから吊るされた窓ガラスの上で西海岸のギャングスタラッパーとカンフーした俳優はどれだけいるだろうか? というわけで藤原紀香は最高だ。例え菅田将暉といった日本の俳優がこぞって高層ビルから吊るされた窓ガラスの上で西海岸のギャングスタ・ラッパーとカンフーしたとしても、その評価は変わらない。
インド映画『WAR ウォー!!』
このインド映画は配信がなくBlu-ray&DVDの発売のみとなっているためあまり知られてないように思えるが、個人的意見を述べさせてもらうと世界的に見てここ数年で最もホットなスパイ映画であると断言できる。
まず本作にはスパイ映画と聞いて頭に浮かべるような要素がほとんどある。豪華なファッションに多彩なロケ、壮大なアクションにスリリングな騙し合い。そして、タフで顔の良い男たち……。全てが『WAR ウォー!!』には存在する。ただし、全てインド流の演出で。
つまり、豪華なファッションは超豪華なファッションだし、多彩なロケは超多彩なロケなわけだ。もちろんアクションも騙し合いも、こちらの度肝を超抜いてくる。そしてタフで顔の良い男たちは超タフで超顔の良い男たちだ。これはなにも誇張表現ではなく、主演のリティク・ローシャンは「世界で最もハンサムな男性」6位に選ばれたことがあるし(2018年)、もう一人の主演タイガー・シュロフも甘いマスクにバキバキのボディの持ち主で、蹴りのキレがすごい。このふたりがイチャイチャしたり殴り合ったりして、しまいにはサングラスを外して己の整った顔を見せつけるだけで壮大な風が吹くのでとんでもない作品に仕上がっている。
あまりにも主演ふたりの顔が良すぎるもので途中から夢を見ているのかと思った。だって信じられるだろうか? 顔の良い男ふたりが眼前でイチャイチャしたり絆を深め合ったり、しまいには踊ったり殴り合ったりするのだ。観終えてからしばらくはリティク・ローシャンが自分の気さくでハンサムな叔父で、よくかっぱ寿司に連れて行ってくれてはたらふく食べる自分の姿に頬を緩ませる妄想をしていた。これは冗談ではなく、実話だ。それくらい人を白昼夢の世界に飛ばすインパクトと強烈な面白さがある。また、インド映画には欠かせない歌と踊りにも注目だ。この映画を見てもう2年になるが、本作のダンスシーンを観ているとどんなに辛い時でも脳に多幸感がドバドバ溢れてくる。