『万引き家族』は是枝裕和監督の“現在地”を探る基点に 樹木希林の“不在”が意味するもの

『万引き家族』樹木希林の不在が意味するもの

 いよいよ6月24日に公開を控えた、是枝裕和監督の最新作『ベイビー・ブローカー』。先ごろ開催されたカンヌ国際映画祭で、見事最優秀男優賞に輝いたソン・ガンホ(『パラサイト 半地下の家族』etc.)をはじめ、カン・ドンウォン(『新感染半島 ファイナル・ステージ』etc.)、ぺ・ドゥナ(『空気人形』etc.)、イ・ジュヨン(『梨泰院クラス』etc.)など、韓国の錚々たる俳優やスタッフと共に、オール韓国ロケで生み出された本作は、「犯罪」そして「疑似家族」など、是枝監督の前々作『万引き家族』と、何かと共通点の多い映画になっている。

 もっと言うならば、『万引き家族』であぶり出した「現代社会」と「家族」の問題を、さらに一歩押し進めて描き出していくような――そんな映画になっているのだ。その意味で、このタイミングでもう一度『万引き家族』を観直しておくことは、とても有効なことなのではないだろうか。

 周知の通り、2018年のカンヌ国際映画祭で、その最高賞であるパルムドールを受賞し、同年の6月に公開、大ヒットを記録した映画『万引き家族』は、都内の下町にある狭い一軒家に身を寄せるようにして暮らす、ある「家族」を描いた映画だ。日雇い労働に従事する中年の男・柴田治(リリー・フランキー)と、その妻・信代(安藤サクラ)、そして息子の祥太(城桧吏)、信代の妹・亜紀(松岡茉優)、治の母・初枝(樹木希林)の5人「家族」である。そこにあるときから、5歳の女児・ゆり(佐々木みゆ)が加わることになる。

 今さらネタバレもないだろう――彼/彼女たちに、血の繋がりはいっさいない。一見すると、決して豊かではないけれど、仲睦まじく暮らしているように思える彼/彼女たちは、なぜこのような「家族」然とした暮らしを営むようになったのか。そして、ゆりの加入をきっかけに、次第に脅かされるようになっていくこの「家族」は、どのように崩壊していくのだろうか。それが、本作の物語的な焦点だ。

 映画の中盤。仲睦まじくじゃれ合う治と祥太、そしてゆりの姿を眺めながら、信代と初枝は言葉を交わし合う。

「選ばれたのかなぁ、私たち」
「親は選べないからね、普通は」
「でもさ、こうやって自分で選んだほうが強いんじゃない?」
「何が?」
「何がって絆よ、絆」

 それは、「血か? それとも過ごした時間か?」という、是枝監督の映画『そして父になる』のテーマとも共鳴する「問い掛け」と言えるだろう。しかし、初枝は言うのだった。「そんなの、長続きしないよ」と。さらに映画の終盤、「子どもにはね、母親が必要なんです」と言われた信代は、色を変えてこう言い返す。「母親がそう思いたいだけでしょ?」「産んだらみんな、母親になるの?」。しかし、その相手の「でも、産まなきゃなれないでしょ?」という返しに、信代はしばし言葉を詰まらせるのだった。

 是枝監督曰く、『ベイビー・ブローカー』は、「ベイビー・ボックス(※日本で言うところの“赤ちゃんポスト”)に預けられた赤ん坊を、いろんな思惑で売ろうとしていたブローカーたちが、どうしたらこの赤ん坊が幸せになるだろうかと考え始めるプロセス」を“表の物語”として、「母になることを選ばなかった女性たちが、赤ん坊との旅を通じて“母”になる話」を“裏の物語”として、描いた映画であるという。

 まるで、『万引き家族』と『そして父になる』の変奏とも言えるような、表裏一体の物語。けれども、その2本と『ベイビー・ブローカー』が、決定的に異なる点がひとつある。それは、主人公たちの「庇護者」――あるいは監督自身の「庇護者」でもある、樹木希林の「不在」だ。『歩いても 歩いても』に出演して以来、是枝作品の要所要所で、とりわけ「家族」を扱った作品において、非常に重要な役割を担ってきた樹木希林の「不在」。それは今考えると、映画『万引き家族』の劇中において、すでに描かれていることなのだった。

 みゆの加入は、あくまでもきっかけに過ぎなかった。「家族」が暮らす一軒家の持ち主であり、その年金を「家族」の生活費に充てていた初枝の「退場」によって、互いに選び合ったはずの「家族」の紐帯はみるみるほどけてゆき、やがて彼/彼女たちは、文字通りバラバラになっていくのだった。

 無論、その終わりは、必ずしも悲劇的なだけのものではなかった。けれども、「家族」をやめた彼/彼女たちが今後、どのような関係を構築していくのか、あるいは構築していかないのかは、本作の中では具体的に描かれない。その「予感」のようなものがあるだけだ。そう、本作のテーマは「万引き」でも「家族」でもなかったのだ。その「庇護者」たる人物を失ったあと、私たちはどのように、社会的な関係以上の関係性を、他者と取り結ぶことができるのか。それが本作の最大の「問い掛け」だったのだ。

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