高木雄也の実績に裏打ちされた力 『裏切りの街』が描く、恐ろしくも可笑しい人間模様

高木雄也の実績に裏打ちされた力

 裕一と逢引しては情欲に溺れる智子役の奥貫薫は、先に記しているように3月23日が彼女にとっての“初日”となった。東京公演は残すところあとわずか。すでに座組が仕上がっている状態で作品の中心に立つというのは大変なプレッシャーがあったはずだと想像するが、初登場シーンから高木とともに独特な空気感を作り出し、あっという間に私たち観客をもその中に取り込んでしまった。智子は自らの意思によって裕一との関係を重ねているが、人間としては“弱い”。裕一の前で見せる静かな熱気と、夫・浩二の前での冷めた振舞い。温度感の異なる演技で一人の女性像を立ち上げた。

 映画にドラマにと話題作への出演が相次ぐ萩原みのりが演じた里美は、“第二のヒロイン”ともいえる存在だ。スクリーン越しに多くの映画ファンを魅了してきた彼女は、舞台上でも魅せる。萩原が登場するのは主として裕一と暮らす部屋のシーンであり、裕一が発する細かな情報を広い集め、それらに里美がリアクションをすることで裕一像の輪郭はより鮮明になる。自律できない裕一というキャラクターは、自立できる存在でなく、智子と里美の存在があってこそこの物語の中で存在することができるのだ。部屋のシーンでは当然ながら演技の手数が限定されるはずだが、主演俳優との“相互作用”を機能させるという自身の役割を萩原は十二分に全うしている。


 智子の夫・浩二役の村田秀亮は話芸だけで人間の多面性を露骨に垣間見せ、浩二の部下・田村を演じる米村亮太朗に関してはさすがは三浦の右腕的存在といったところ。短い出番の中でも的確に“裏切り”という主題を体現する。裕一の友人・伸二を演じる中山求一郎も非常に見どころのある若手俳優だ。この作品が観る者にシリアスな印象を与えていないのならば、それは彼の演技が発する“軽さ”によるものが大きいだろう。そして智子の妹の裕子を演じる呉城久美には、ただただ脱帽である。一人二役の場合を除いて、一つの公演期間中に二つの役を経験することはそうあることではないはず。リアルライブ空間だからこそ、嘘はすぐにバレるものだ。いったいどのようにして自身の中で折り合いをつけ、役を切り替えたのだろうか。裕子役としては脇から作品の強度を高めることに徹し、貢献していた。


 さて、東京の「街」でのできごとを描いた本作は、2年という延期期間を経て、当初予定されていたもの以上にゴワついた手触りの作品になったのではないかと思う。日本国内のみならず社会の情勢は日々激動し、海の向こう側でのできごとが、東京の小さな「街」にも大きな影響を与える。そして「街」ではさまざまな思惑が交差し、その結果、“裏切り”にも繋がる。「街」という主語を、「国」や「社会」といったより大きなものに置き換えてみるとどうだろうか。そこには世界規模で陥っている“現状”が見えてくるはずだ。劇中では他愛の無いやり取りが延々と繰り返され、私たちはそれを“観察”することになるが、「人間」を知るにはここまで肉薄する必要があるのだと改めて思い知らされる。そこから機微を読み取ることができるかどうかがカギだ。本作は12年ぶりの再演によって、いつの時代にも通用する作品であることを証明している。そしてそれは、「人間」の本質は変わらないということをも証明している。

※高木雄也の「高」は「はしごだか」が正式表記。

■公演情報
パルコ・プロデュース『裏切りの街』
作・演出:三浦大輔 
音楽:銀杏BOYZ
出演:高木雄也、奥貫薫、萩原みのり、米村亮太朗、中山求一郎、呉城久美、村田秀亮(とろサーモン)
撮影:岡千里

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