宮沢りえ、磯村勇斗らが舞台上に生み出す凄まじい熱 『泥人魚』は公演ごとに生き直す

宮沢りえらが体現する、アングラ演劇の魅力

 宮沢りえが主演を務める舞台『泥人魚』が、Bunkamura シアターコクーンにて上演中である。本作は、アンダーグラウンド演劇の第一人者のひとりである唐十郎が2003年に発表した戯曲を、劇団・新宿梁山泊主宰の金守珍が演出し、初演以来18年ぶりの上演となったもの。共演に磯村勇斗、愛希れいか、風間杜夫らを迎え、舞台上に立ち上がるファンタジックな世界観の中に私たちの生きる現実をも垣間見せる、そんな作品に仕上がっている。

 この『泥人魚』は、2003年に唐の率いる劇団唐組により初演され、「第五十五回読売文学賞 戯曲・シナリオ賞」、「第三十八回紀伊國屋演劇賞(個人賞)」、「第七回鶴屋南北戯曲賞」、「第十一回読売演劇大賞 優秀演出家賞」を受賞した、土俗的かつ詩情あふれる演劇作品だ。長崎県諫早市にある通称・ギロチン堤防をモチーフにしたもので、ときに物語が荒唐無稽な飛躍をしたかと思えば、不意に私たちの現実社会に強引に接続する瞬間があるため、たびたびハッとさせられる。

 簡単にあらすじを記しておくと、次のようなものである。都会の片隅にあるブリキ店で暮らす蛍一(磯村勇斗)は、かつては長崎の諫早漁港で働いていた青年だ。しかし、干拓事業のため、諫早湾の内海と外海とを分断する「ギロチン堤防」によってすべては変わった。内側の調整池の水は腐って不漁が続き、池の埋め立てに反対だった漁師仲間は次々と土建屋に鞍替え。この現実に蛍一は絶望し、港の町を去ったのだ。現在はまだらボケの詩人であるブリキ店の店主・静雄(風間杜夫)と日々を過ごしている。そんなある日、少女時代に海で漁師に助けられ、その養女となった、やすみ(宮沢りえ)という「ヒトか魚か分からぬコ」と呼ばれる女が蛍一のもとへとやってくるーー。

 奇想天外、複雑怪奇、奇妙奇天烈……これでも物語の導入部を端的に書いたつもりだが、非常に複雑な作品であることがお分かりいただけるのではないかと思う。夜になると詩人と化すブリキ屋の男や、人魚と思しき女性などの不可思議な存在がありながら、“諫早湾干拓事業”が引き起こした現実の問題が、物語の中心には屹立している。およそ「整合性」というものとは縁遠い物語だ。しかしこれが、俳優たちの身体を借りて喧騒を巻き起こし、舞台上に凄まじい熱の渦を生み出しているのである。

 主演の宮沢りえが唐作品に参加するのはこれが4作目。さすが今回も作品の看板を背負っているだけあって、メインキャストの中でも声と身体とがもっとも“唐ワールド”に馴染んでいるように感じた。ヒロイン・やすみを演じる彼女は開幕直後から、可憐で力強い姿でたちまち私たちを虜にする。その声は劇場の隅々にまで染み入るようで、躍動する肉体はまるで観客の眼前にあるように感じられるのだ。現在放送中のドラマ『真犯人フラグ』(日本テレビ系)にも最重要人物として出演している宮沢だが、改めて各作品、各メディアに適した芝居に徹することができる俳優なのだとこの両作に触れてみて実感する。どちらもリアリズムとは無縁の演技であり、ドラマでは良妻賢母な女性像をオーバーアクトで「具体的」に表現しているが、本作で彼女が体現するのは、“ギロチン堤防によって分断されたさまざまな哀しみ”という「抽象的」なもの。『泥人魚』では作品の主題を背負ってみせている。

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