負のグルーヴ感に満ちた150分の地獄めぐり 最後まで目が離せない『ナイトメア・アリー』

 酒と泪と男と女。『ナイトメア・アリー』(2021年)は、そういう映画である。ワケあり男スタン(ブラッドリー・クーパー)は、たまたま流れ着いたウィレム・デフォー(グリーンゴブリン!)とロン・パールマン(ヘルボーイ!)とトニ・コレット(『ヘレディタリー/継承』の土下座お母さん!)が所属する顔面不穏値MAXのサーカス団に紛れ込む。そこでマジシャンとしてのテクニックを学び、女優モリー(ルーニー・マーラ)と恋に落ちて、一発当ててBIGになってやるぜと都会に出た。スタンは恵まれた顔面と才能、そして愛するモリーと共に都会の波に揉まれるが……。2年が経つ頃には、何もかもが変わった。得意の読心術でそこそこの成功を得るが、イマイチ野心は満たされない。おまけに仲の良かったモリーとの関係にはからっ風が吹き始めた。そんな時、彼はついつい「技術」で魅せるマジシャンではなく、「僕はマジで幽霊が見えますよ」と語る霊感ビジネスに手を出してしまい……。

 本作で主演を務めるブラッドリー・クーパーといえば、酒である。彼にはアルコール依存症で苦しんだ過去があり、現在は自身も禁酒中で、俳優仲間の禁酒もサポートしている(ブラッド・ピットの依存症克服にも協力したそうだ。先日のアカデミー賞の一件でも、ウィル・スミスをなだめに行っていた)。こういった背景があるからだろう、彼は酒で身を持ち崩す演技が抜群に上手い。二日酔いをテーマにした『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(2009年)はコメディだが、監督と主演を担った『アリー/ スター誕生』(2018年)でもビックリするくらい濃密かつ迫真の「酒に呑まれる恐怖」を見せてくれた。そんなわけで本作でも酒の恐怖が丹念に、じっくりと描かれる。何せ劇中での倫理的な一線を示すアイテムとして酒が登場するのだから。

 本作はそんなブラッドリーが最悪の状況へ堕ちていく話なわけだが、彼はその不幸の起承転結を見事に演じ分けている。ミステリアスかつ野心に燃える若者像から、人生が行き詰まってしまう中年、暴走する小悪党、そして堕ちるところまで堕ちた男……カッコいい姿から最悪の姿まで、負の七変化を思う存分に堪能できるだろう。特に夢いっぱいで都会に出てきて、思ったより伸びずに悩んでいる姿なんて最高だ。火力で言うと「とろ火」でじっくり煮込んでいく感じがある。人生の不幸度0、もしくは100を演じるのは比較的簡単だが、30~60の具合を出すのは難しい。しかし本作で彼は、見事に0から100までを段階を踏んで体現している。この不幸のとろ火加減が絶妙なので、人が悲惨な目に遭うのを目撃したい人は必見だ。

 そして地獄へ一直線な物語を、キレキレの画で紡いだのはギレルモ・デル・トロ監督である。数々のモンスター/ホラー/アクション映画の傑作を作り上げ、手に眼球がある人で有名な『パンズ・ラビリンス』(2006年)や、半魚人と人間の恋愛ドラマ『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)でアカデミー賞まで獲っている実力派。そんな彼がモンスター抜きの映画を撮ると聞いて、私は心の中で『ビルマの竪琴』ばりに「ギレルモー! 『ミミック』(1997年)みたいな映画をまた作ろうー! ホラー映画から離れないでくれー!」と叫んでいたが、それはまったくの杞憂で終わった。本作ではギレルモらしい怪物/猟奇趣味も全開だ。序盤に主人公のスタンが入るサーカス団では、まさに「悪夢的な」という表現が相応しいビジュアルが連発。ホルマリン漬けの奇形児が映ったときには、ジョン・ウー映画で鳩が飛んだ時のような安心感があった。さらにクライマックスには強烈な人体損壊まで。お話は古典的なサスペンスでありながら、しっかりギレルモ印の作品になっている。バケモノこそ登場しないが、ギレルモ的なビジュアル欲は充分に満たしてくれた。

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