「『湯あがりスケッチ』穂波の湯あがり日記」第8湯 「前向きな“さみしさ”があるなんて」

「穂波の湯あがり日記」第8湯

 塩谷歩波の『銭湯図解』を原案としたドラマ『湯あがりスケッチ』が2月3日よりひかりTVにて配信された。全8話で構成される本作は、毎話ごとに今も実際に営業している都内の銭湯と、それぞれのエピソードの鍵となる8人の女性が登場し、銭湯のように心温まる物語が紡がれていく。

 主人公・穂波を演じる小川紗良が、“穂波”として執筆した「穂波の湯あがり日記」が到着。各話で穂波が感じたこと、考えたことが、日記形式で綴られている。

第8湯 クマ(森崎ウィン)さんの前進は、私にとっても新たな一歩

 「さみしい」という言葉が自分の口から出たことが、少し意外だった。そうか、私さみしいんだ。いや、本当にさみしいのか? 今まで近くにあったものがふと遠くなることに、確かに心にぽっかり穴が空くような感覚はある。でも、果たしてその穴に「さみしい」という言葉がふさわしいのか、自分でもよくわからない。涙がぽろぽろ流れたり、胸がぎゅっと苦しくなったり、そういうのが「さみしさ」なんだと思っていた。それでも今の私は思いの外しゃんとしていて、空いた穴には心地好い新たな風が吹いている。

 久しぶりに会ったクマさんから、北海道へ行くことになるかもしれないと告げられた。北海道か、遠いなぁ、というのが最初に思ったことだった。2年間と聞いて、ちょっと長いなぁとも思った。クマさんは従業員でもないのにいつも開店前からタカラ湯にいて、中々書き終わらない演劇の台本をずっとずっと書いていて、そんな姿を見たり何気ない話をしたりすることが、気づけば私の日常になっていた。彼に何か特別な感情を寄せていたわけでもなく、ただただこの日常に居心地の良さを感じていた。そうして当たり前にあったものが突然そうでなくなることに、私の心は揺れている。

 日常が変わりゆくのを感じて初めて、私はクマさんについてほとんど何も知らないことに気がついた。どんな街で育って、どんな人と過ごして、どんな演劇を作ってきたのか。連絡先はおろか、下の名前すらわからない。そんなに知らない人と、こんなに近くで同じ時間を過ごしていたことにも驚いた。銭湯ってそういう場所なんだ。誰が、どんな姿で、何を話したっていい。ままならない私たちは大きな湯船にゆったりと包まれて、ここにいることをそっと肯定されていた。

 クマさんは遠くへ行くかもしれないけれど、それはきっと彼なりに前へ進むということだ。もしかしたらクマさんの前進は、私にとっても新たな一歩を踏み出すきっかけになるかもしれない。変わらないものも変わりゆくものも、受け止めながら歩む勇気が今の私の中にはある。こんなに前向きな「さみしさ」があるなんて知らなかった。まだまだ先は見えないし、不安や恐怖に飲み込まれそうなときもある。それでも今日も明日も明後日も、きっといい湯が沸くだろう。

■放送情報
『湯あがりスケッチ』
ひかりTVにて、毎週木曜22:00〜配信【全8話】
原案:塩谷歩波『銭湯図解』
監督・脚本:中川龍太郎
出演:小川紗良、森崎ウィン、新谷ゆづみ、村上淳、伊藤万理華、安達祐実、臼田あさ美、室井滋、夏子、中田青渚、成海璃子
(c)ひかりTV
公式サイト:https://www.hikaritv.net/sp/yuagari-sketch/index.html?cid=ent_video_yuagari_sketch_of_6
公式Twitter:https://twitter.com/yuagari_sketch
特集ページ:https://realsound.jp/movie/2022/02/post-960070.html

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