山田尚子の変わらない作家性が刻まれた『平家物語』 サイエンスSARUとの化学反応も
次に変化しなかったものを述べていきたい。まず1つ目は背景における動植物の造形だろう。山田監督作品では動植物が美しく描かれているケースが多いが、それらは単に映像的に映えるから、といったものではない。例えば1話冒頭では、蝶が舞い、沙羅双樹と思われる花が咲いている様が描かれている。蝶は古今東西で魂を示す昆虫とされており、この描写でも『平家物語』で描かれたかつて存在していた実在の人物の魂を感じられる。そこに沙羅双樹の花が咲くことで「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす」を映像化した、と解釈できる。
そして背景描写の動植物が美しいことで『平家物語』という古典のある種の悲惨さをも、カバーしている。愛着が湧いた平家の人々が死にゆく中で、変わらない動植物の美しさが陰惨たる人間社会の醜さとの対比となっており、1つの救いとなっていく。この社会の外側にある自然の美しさは『映画 聲の形』などの山田監督の過去作品でも、多く描かれてきたポイントだ。
もう1つの変化しなかったポイントが、登場人物の今、その一瞬に着目する描き方だろう。YouTubeにアップされている山田監督のインタビュー(TVアニメ「平家物語」監督:山田尚子インタビュー〈前編〉)内で「叙事詩ではなく、抒情詩として描いた」と語っていたが、これほど腑に落ちる説明もない。一見すると平家没落という歴史的事実を描く大河ドラマであるが、今作はその時々の登場人物たちの思いに心を寄せていく物語なのだ。
その象徴となるのがオープニングアニメだろう。オープニング主題歌の羊文学「光るとき」の中で、このような歌詞がある。
「何回だって言うよ 、世界は美しいよ 君がそれを諦めないからだよ 最終回のストーリーは 初めから決まっていたとしても 今だけはここにあるよ 君のまま光ってゆけよ」
この歌詞のように終わりが決まっているとしても、その時々に生きた人々の一瞬の気持ちを忘れない。オープニングアニメでは過酷な戦場の様子が映るが、平家の人々や後白河法皇などが歌い、笑っている日常の様子が描かれている。あくまでも栄華を誇った平家の没落するさまだけでなく、その時代の人々を描こうという意志が感じられる描写だ。
「世界の美しさ」と「登場人物の一瞬を捉える抒情的な物語」は、卒業に向かう少女たちを描いた『けいおん!』シリーズや、少女の日常と恋の発展を描いた『たまこラブストーリー』などとも繋がる。それらが歴史的な古典になっただけであり、徳子を中心とした、運命に翻弄される女性たちの情感と、男性たちの轟きと嘆きを切り取ることで人間を描くことを達成した。
変わらない物語とかつて存在した人たちを語り継ぐ。その大きな試みは山田尚子監督の手によって1つ達成されたのではないだろうか。
■放送・配信情報
『平家物語』
フジテレビ「+Ultra」ほかにて、毎週水曜24:55〜放送
FODにて独占配信中
※放送日時は都合により変更となる可能性あり
声の出演:悠木碧、櫻井孝宏、早見沙織、玄田哲章、千葉繁、井上喜久子、入野自由、小林由美子、岡本信彦、花江夏樹、村瀬歩、西山宏太朗、檜山修之、木村昴、宮崎遊、水瀬いのり、杉田智和、梶裕貴
原作:古川日出男訳 『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09 平家物語』河出書房新社刊
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
キャラクター原案:高野文子
音楽:牛尾憲輔
アニメーション制作:サイエンスSARU
キャラクターデザイン:小島崇史
美術監督:久保友孝(でほぎゃらりー)
動画監督:今井翔太郎
色彩設計:橋本賢
撮影監督:出水田和人
編集:廣瀬清志
音響監督:木村絵理子
音響効果:倉橋裕宗(Otonarium)
歴史監修:佐多芳彦
琵琶監修:後藤幸浩
(c)「平家物語」製作委員会
公式サイト: HEIKE-anime.asmik-ace.co.jp
公式Twitter:@heike_anime