ヘッドバンギングする聖少女 『ジャネット』『ジャンヌ』『裁かるゝジャンヌ』を見比べて
愛国勢力、教会権力のアイドルとしてのジャンヌをレジスタンスの側に引き戻そうとするドライヤーの意志は、ブリュノ・デュモンも共有している。アミアン大聖堂の荘厳かつ垂直的な空間でロケーションされた第2部『ジャンヌ』後半の異端審問でしつこくくり返される教会中枢の審問官たちとジャンヌの問答は、その果てしない反復そのものが重要となるのだ。じつはデュモン2部作は、19世紀末から20世紀初頭に活躍した詩人・劇作家・思想家シャルル・ペギーの2冊の戯曲『ジャンヌ・ダルク』(1897年)と『ジャンヌ・ダルクの愛の秘儀』(1910年)のテクストだけを使って構成されている。このシャルル・ペギーという人がクセモノで、社会主義者からカトリック左派に転じた知識人。ヌーヴェルヴァーグの代表的な映画作家ジャン=リュック・ゴダールは、壮大な連作『ゴダールの映画史』(1988年〜1998年)の最終章「4B 徴(しるし)は至る所に」のなかでシャルル・ペギーのテクスト『クリオ』を朗読し、みずからの声を響かせていた(『クリオ』は2019年になって河出書房新社から邦訳完全版が刊行された。素晴らしい本である)。
ところで「カトリック左派」なんて用語があるのか? と私たち門外漢はびっくりしてしまう。ユダヤ人将校ドレフュス大尉が無実のスパイ容疑で逮捕されたことに端を発し、フランス世論を二分した「ドレフュス事件」(1894年〜1906年)においてドレフュス擁護派の論陣を張ったシャルル・ペギーは、ジャンヌの戯曲2冊をドレフュス裁判に重ね合わせつつ書いた。長く続いた事件は結局、ドレフュス本人が親族の哀願に折れて、大統領恩赦を受け入れる形で「無罪」となった。しかしこれはシャルル・ペギーが求めた「真の無罪」ではない。単なる政治的妥協の産物に過ぎない。1910年の戯曲『ジャンヌ・ダルクの愛の秘儀』に満足した教会権力は、「ペギーがもはや社会主義者ではない」と宣言し、「アクシオン・フランセーズ」紙など右翼系メディアも友好的論客として厚遇しようとした。しかしそうは問屋が卸さない。ペギーは教会側に反対し、ドレフュス本人が妥協してステージから下りてもドレフュス事件は依然として終わっていないのだと突っぱねている。
冤罪への告発による善の先鋭化が、やがて政治的背信によって収束を余儀なくされる。シャルル・ペギーは言う。「すべてはミスティックに始まり、ポリティックに終わる」。このミスティックとは、自分の戯曲『ジャンヌ・ダルクの愛の秘儀』のタイトルにも入れた秘儀(ミステール)と同源である。ややこしいけれども、これは単なるミステリー(謎、神秘)のことではない。神の声を聴いたという超常現象の神秘性だけではないのだ。いったんは破滅を甘受したかに見える誠の善が、人から人へ、世代から世代へと継がれ、最終的な勝利を幻視し、実現するための思考の反復であり、共有される秘儀である。だから、先ほど「果てしない反復そのものが重要」と書いたように、異端審問の執拗な言葉の応酬も重要だし、シャルル・ペギーの戯曲のセリフのたどたどしくてしつこい反復が逆説的に力の源泉をなす。そしてそれは少女が裸足で大地に踏み鳴らすポーズの反復、ヘッドバンギングの果てしない持続、出陣する馬の華麗なステップおよび隊列ラインに対して、はるかに/ひそかに相呼応しながら、それらすべての事象が渾然一体となって旋回し、鳴動し、回帰し、消滅し、やがて復活する。
そもそもジャンヌ・ダルクの火刑とは、イエス・キリストの獄死の1400年後における再上演ではなかったか? シャルル・ペギー、そしてカール・ドライヤーの同時代人にとって、「ドレフュス事件」はこの疑獄の史上何度目かの再々上演なのである。ブリュノ・デュモンはふざけたパロディ好きな態度を崩さないなかにおいても、この秘儀(ミステール)に彼なりの方法で呼応し、反復しようとした。なぜ秘儀(ミステール)なのか? その答えは明らかである。イエス・キリストの時代と同じように、ジャンヌ・ダルクの時代と同じように、「ドレフュス事件」の時代と同じように、今日という日がおそるべき危機の時代にあるという認識ゆえである。そして、この認識の共有じたいもまた、秘儀(ミステール)の一部をなしている。
■公開情報
『ジャネット』
ユーロスペースほか全国順次公開中
出演:リーズ・ルプラ・プリュドム、ジャンヌ・ヴォワザン、リュシル・グーティエほか
監督・脚本:ブリュノ・デュモン
原作:シャルル・ペギー
撮影:ギヨーム・デフォンタン
音楽:Igorrr
振付:フィリップ・ドゥクフレ
『ジャンヌ』
ユーロスペースほか全国順次公開中
出演:リーズ・ルプラ・プリュドム、ファブリス・ルキーニ、クリストフほか
監督・脚本:ブリュノ・デュモン
原作:シャルル・ペギー
撮影:デイビット・シャンビル
音楽:クリストフ
配給:ユーロスペース
(c)3B Productions
「奇跡の映画 カール・テオドア・ドライヤー セレクション」
12月25日(土)より、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次開催
『裁かるゝジャンヌ』
監督・脚本・編集:カール・テオドア・ドライヤー
歴史考証:ピエール・シャンピオン
撮影:ルドルフ・マテ
出演:ルネ・ファルコネッティ、アントナン・アルトー
1928年/フランス/モノクロ/スタンダード/ステレオ/97分
伴奏音楽作曲・演奏・録音:カロル・モサコフスキ(オルガン奏者)(2016年)
(c)1928 Gaumont
『怒りの日』
監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー
原作:ハンス・ヴィアス=イェンセン
撮影:カール・アンデルジョン
時代考証:カイ・ウルダル
出演:リスベト・モーヴィン、トーキル・ローセ
1943年/デンマーク/モノクロ/スタンダード/デンマーク語/モノラル/94分
(c)Danish Film Institute
『奇跡』
監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー
原作:カイ・ムンク
撮影:ヘニング・ベンツセン
出演:ヘンリック・マルベア、エーミール・ハス・クリステンセン
1954年/デンマーク/モノクロ/スタンダード/デンマーク語/モノラル/126分
(c)Danish Film Institute
『ゲアトルーズ』
監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー
原作:ヤルマール・セーデルベルイ
舞台美術:カイ・ラーシュ
衣装:ベーリット・ニュキェア
出演:ニーナ・ペンス・ロゼ、ベンツ・ローテ
1964年/デンマーク/モノクロ/ヴィスタ/デンマーク語/モノラル/118分
(c)Danish Film Institute
配給:ザジフィルムズ
公式サイト:http://www.zaziefilms.com/dreyer2021