厳しい現実や作品制作の苦悩をありのまま表現 『ブルーピリオド』が問う“芸術とは何か”

 なぜ後から絵を始めた矢口が、キャリアのある人々を次々にごぼう抜きすることできるのか。それは、彼が描く一枚、一枚の試行錯誤の質がきわめて高いからだ。絵を一枚描くごとに、描き手本人にとっての課題や解決策などが浮かび上がってくるものだ。それらをどれだけの数拾うことができるかで、技術や発想が向上する効率が変わってくる。ここで、矢口が頭脳明晰で素直な性格だという設定が活きてくるのである。

 頭が良い人の描く一枚の経験は、そうでない人の一枚の経験の数倍の価値がある。絵画とは、“手”よりも、より“頭”で描くものであり、それゆえに上達の速度は残酷なほど違いがあるという現実を、本シリーズは描いている。矢口のそれは、一種の“才能”と言い換えても良いだろう。そんな彼の試行錯誤が、絵のテーマや構図を決める発想の領域にまで及んでいるということに注目してほしい。

 つまり、“芸術的才能”とは、頭脳と経験と努力で、ある程度まで育てあげられるものなのだ。もちろん、美術の世界はそれほど単純ではなく、その先には、より玄妙で狂気に満ちた、限りなく深みのある闇が広がっている。矢口は、「受験絵画」に必要な材料を優先的に集め、かろうじてその入り口に到達しただけに過ぎない。仮に合格できたとしても、キャリアが長く知識も深い他の学生たちとの差はあまりにも大きいはずだ。しかし技術を磨き発想をとり出すメソッドについての修練と成功体験がある矢口であれば、同じように足りないものを埋める努力をすることで、いくつもの壁を乗り越えて進んでいけるはずである。

 『ブルーピリオド』は、このような厳しい現実や、作品制作の苦悩をありのまま表現した稀有な一作であるといえよう。矢口の物語を追うことで、勇気を与えられる視聴者もいるだろうし、逆に美術の世界に進むことを躊躇する人も出るかもしれない。ここまで努力を重ねても、将来には何の保障もないし、他業種に比べてつぶしも効きにくいのである。しかし、それが美術教育の現実だとするなら、やはりそのように描くべきだろう。

 だが、そうだとしても芸術の世界には抗い難い魅力があるのも確かなのだ。その深淵を一度でも垣間見てしまった人間は、魔物に魅入られてしまったようなものだ。この世に生まれてきた自分という存在を、作品で歴史のなかに刻みつけたいという願い。そして、自分の全てを巨大な美の一部に捧げたいという願い。そのためには、裕福な生活や、人並みの幸せをドブに捨てることになるリスクも厭わない……。そんな破滅とダンスするような狂気の選択と、その先の具体的な努力の中身、そして芸術家の道を歩み始めた者の七転八倒を見せてくれるのが、『ブルーピリオド』なのである。そんな本シリーズの今後がいったいどうなっていくのか、非常に楽しみだ。

■放送情報
『ブルーピリオド』
MBS・TBS系全国28局ネットにて、毎週金曜25:25~放送
BS朝日にて、毎週日曜23:00~放送
AT-Xにて、毎週木曜21:00~放送
Netflixにて先行独占配信
声の出演:峯田大夢、花守ゆみり、山下大輝、河西健吾、宮本侑芽、青耶木まゆ、平野文、福西勝也、神尾晋一郎、橘龍丸ほか
原作:山口つばさ 『ブルーピリオド』(講談社『アフタヌーン』連載)
総監督:舛成孝二
監督:浅野勝也
シリーズ構成・脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン:下谷智之
美術監督:仲村謙、金子雄司
美術設定:緒川マミオ、中島美佳
撮影監督:服部安
色彩設計:歌川律子
3DCG監督:大見有正
(c)山口つばさ・講談社/ブルーピリオド製作委員会
公式サイト:https://blue-period.jp/

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